小池水音 ⇒ 朝比奈秋 (往復書簡 第三通)
エッセイ

死を見るもの 死を見たもの 死を書くもの

小池水音 ⇒ 朝比奈秋 (往復書簡 第三通)

お返事をありがとうございました。
(かつての恋文もそうでしたが)書簡というのは多かれ少なかれ、相手が求めているものかわからない自分自身の一部を切り身にして差し出し、押しつける、恐ろしくかつ厚かましい営みなのだと、あらためて感じます。

それでもお返事を拝読して、安心して、このさきしばらくはじぶんの厚かましさを看過してみようかと思います。無理のない範囲でお付き合いいただけたら嬉しいです。

呼吸という明滅——朝比奈さんが書かれていた見解に触れて、暑さの和らいできた夜の町を長々と散歩しながら、多くのことを考えました。「呼吸をつづけている者(生者)/呼吸を止めた者(死者)」という区別とは次元の異なる、「存在/不在」という地平。その地平においては、もしかすると生者もまた絶えざる呼吸とともに、「存在/不在」をくりかえしているのかもしれない。そのとき、生者と死者との区別とは、一般的にわれわれが考えているほど、自明ではないのかもしれない。

当時のことをあくまで「生者/死者」の地平から捉えるならば、あの時間は私にとって、ともに小児喘息という呼吸疾患に苦しんできた姉の呼吸に、はじめて、具体的に関わった体験でした。二十年のあいだ、互いの持病について憐み、できる範囲で助け合いして育ちました。しかし、苦しみというものは原理的に、そのひとに固有の時間でしかありえません。おなじ病を持つことが苦しみのほどを想像するよすがになったとしても、たったいま目の前で苦しむ相手の代わりに息をしてあげることは、どうしたってできはしない。

胸を押す行為が姉の呼吸の「助けになった」とはとても言えません。しかしあの時間が、どのようにしても「助けにはなれない」のだという事実に、それまででもっとも接近できた体験だったというのはたしかなことです。そして、それはそれで意味深いことであると、私としては感じます。たとえどれだけ親しい間柄で、「間主観性」と呼ばれるような磁場をともに養ってきた相手であれ踏みこみえない領域というものが、ひとそれぞれに存在すること。他者の尊厳というものは、そうした認識からこそ立脚するのだという気もします。

一方で、「存在/不在」の地平から眺めてみると、事態はすこしちがってきそうです。「生者/死者」の此岸と彼岸に別れるまさにそのときに立ち会いながら私は、姉のそのからだに、(なにかの不在と同時に)なにかの存在を感じていた。一見すれば永遠の不在のはじまりでしかない死の際にあって、どうやら別様の存在がそこに持続していることに気がついた。まるで、赤ん坊のあげる啼泣を聞き届けるかのように——そうとまで書くには実のところ、まだじぶんのなかで検討が足りていません。ただ、そんな想像を巡らせることに、少なくともそれほどの無理は感じずにいます。

“あまねく在るということ”
“死は軽やかなもの”

朝比奈さんは北千住でお会いした際にも、そうした認識や体感について話してくださいました(あのときは「循環宇宙」における「回帰」のお話が印象に残りました)。その上であらためて、朝比奈さんに伺いたいことがあります。それはやはり、朝比奈さんの救急病院時代のことについてです。

当時の過酷な環境については、『受け手のいない祈り』を通しても接してきました。とくに作中で描写される「背骨の熱」については、忘れようとしても忘れがたい、鮮烈なものでした。そして、かような実態について知るにつけあらためて考えこんでしまうのは、そこで起きているのが、非常に歪なかたちでの“大量死”であるのだということです。

大量死とは一般的には戦争やジェノサイド、自然災害や感染病などに際して用いられる言葉です。ところが救急病院に勤める医師たちは、平時とされる日々においても、労働基準法はもちろん、職能をはるかに超えた数の傷病人を受け入れ、避けがたく死を診つづけることになる。一晩に数十人もの死が生じることはあまりないことでしょうが、「一年で一日も休みなく」という途方もない尺度の時間のなかで、ひとりひとりの死をひとつひとつ悼むことは叶わず、「大量の死者」として見送りつづけることを課せられている。

その背景には、死を、病を、老いを特定の施設へと集約していった、現代における社会側の要請というものがある——そのことは、朝比奈さんのデビュー作「塩の道」でも描かれていました。無医村の漁村に赴任してきた医師が、かつて漁師だった老人の家へと赴く。老人が死に瀕しているそのベッドを囲んで家族はいつも通り食事を取り、なかでも孫である子どもたちが、祖父をまっすぐにみつめながら飯を口に運んでさえいる。作中で揺れ動く倫理の根幹をなす場面のひとつです。近代においてはそのように、死は町や村のあちこち、それぞれの家のなかに散在していました。しかしながら現代では、医療効率を高めるため、社会が介護や看取りに拘かかずらうことなく経済活動をつづけるため、あるいはより素朴に不浄を遠ざけるため、家庭から老・病・死を隔離し、その結果として医師たちは救急という使命のかたわらで、大量死を診つづけるくびきを負っている。

大量死のほとんどは、戦争という暴力や自然の猛威といった「理不尽」から生じるものです。しかし、救急病院において医療従事者が体験するそれは、社会の要請という「理」に適った帰結です。もちろん過重労働はそれ単体で解決されるべき理不尽そのものですが、2050年ごろまでは高齢化による「多死社会」が持続する見込みである以上、これまで人類が経験してこなかったほど多くの死者を、限られた医療従事者が看取りつづけるという問題の根本は揺るぎません。むしろ加速の途にあると言える。そんな「理」に適った大量死という点に、この問題に固有の歪みがあります。

朝比奈さんはそして、それらの歪みを一身に受けるような経験の先で、小説を書かれるようになりました。多くの二元論によって分節化された世界をいったんほどき、そのことではじめて捉えうる濃淡や複雑性を、物語という感覚器によって捉え、結び直してゆく。朝比奈作品におけるそうした小説世界は、過酷な実体験の果てに、朝比奈さんの内部で何かが偶発的に「拓かれ」てもたらされたものなのだとおもいます。

しかし、かような創作が可能になる手前には、朝比奈さんのなかで「損なわれた」何かがあった——私がいま一歩踏みこんで伺いたいとおもうのは、そのことです。

「自分と身体の間」と前回の書簡で書かれています。(私自身は朝比奈さんのおっしゃることが体感的に理解できるような気がしますが)しかし、世の中には自分と身体とが区別されうるとはよもや考えもしないまま生涯を終えるかたも多くいます。一方で朝比奈さんはいまやそのことを、単なる哲学的な知識というものからかけ離れた、世界の前提として受け容れている。だからこそそれらを一素材ではなく血肉として、小説というものをかたちづくることができている。あとになって朝比奈さんが小説をなした事実を踏まえればそれを「拓かれた」と表現できますが、その以前には、自分と身体とを問答無用に“区別するほかない”体験があったのだとおもいます。それだけの加圧が、朝比奈さんという存在全体にのしかかったのだとおもいます。

そこで起きていたのは実のところ、いったいどのようなことだったのでしょうか。歪な大量死に晒されつづけた果てに、ひとりの医師、ひとりの人間にはどんな事態が生じ、何を損なうことになるのでしょうか。

私はこれまでのところ一貫して、近親者の死をいわば一大事として扱う小説を書いてきました。そしてまた死を重大に扱う創作物は、メジャーマイナーに関わりなく世の中に溢れています。今回、あらためて自己批判的に考えたのは、死をそのように大袈裟に、ドラマティックに扱おうと考える一般大衆の態度とは、上でまとめたような「死が隔離された社会」と無関係ではないのではないか、ということです。

私のような創作者が死を感動的に描くとき、その感動を演出しているのは実のところ、「死が隔離された社会」であるのかもしれない。ともすれば医師をはじめとした専門施設に歪な大量死を集約させた結果、死が“際立った素材”となることで、じぶんたちの創作が成り立っているのかもしれない——そうではない創作を支える倫理について考えるためにこそ、朝比奈さんの身に起きたことについて、切実に知りたいと感じるのだともおもいます。

なんだかゆっくり伺いたいと考えたことをさっそく、無遠慮に聞いてしまったという気がします。小説として描かれているこのような重大な事柄について、この書簡であっさり聞き出してしまおうというつもりはありません。もし部分的にお答えできること、関連して思い出された光景があるようでしたら、教えてください。

ところで、前回書いてくださっていた高山製菓の「ころもち」を取り寄せました。大柄な朱色の缶にぎっしりと詰まった「ころもち」、優しいしょっぱさと、餅米の豊かな膨らみようを楽しめる食感、とても美味しかったです。ありがとうございます。ちなみに朝比奈さんは「フムス」を召し上がったことがありますか? ひよこ豆をペースト状にした中東料理ですが、年々、あの優しい味わいが好きになってきて、ひとり自宅で作ってみたこともあります。「ころもち」とはまたまったくちがいますが、もしかするとお好みかもしれないと、ふと頭に浮かんだ次第です。

(了)

あなたの考えを共有し、他の人の考えに耳を傾けてみましょう。

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