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朝比奈秋 ⇒ 小池水音 (往復書簡 第二通)
#往復書簡#生老病死
往復書簡2026/09/16

死を見るもの 死を見たもの 死を書くもの

朝比奈秋 ⇒ 小池水音 (往復書簡 第二通)

朝比奈秋

小池さんがかつて歳上の女性のために書いた恋文というのを読んでみたかったです。怪文ならなお一層、心が惹かれます。
たしかに、恋文以外で長い手紙をやりとりすることは、もう一般的にはない時代ですね。たとえ作家であっても、そうでしょう。いただいた書簡を読みながら、ふと今までの人生で受け取って来た手紙について思い出してみました。記憶が定かなら、どうやら私自身、これほど長い手紙をもらったのは人生で初めてのような気がします。

死について、これから小池さんと語り合うことに縁を感じています。小池さんとは今まで四度お会いしているのですね。振り返ると、どれもどちらからアプローチしたというわけでもなく、なんとなく場所や誰かに引き合わされるような邂逅ばかりです。
初めてお会いした時、なんと礼節のある育ちのよい青年なのだと感銘を受けた記憶があります。それから数度お会いしましたが、今もそのイメージのままです。いつも変わらぬ落ち着きと人間としてのバランスの良さに、思わず自分のアンバランスさを省みて微笑んでしまいます。

困ったことに現在も聴覚の過敏さはとどまることなく、数年前から駅などを利用する時は耳栓をしていますが、それでも漏れ伝わる人の騒ざわめきに参ってしまいます。それにくわえて、ここ十年くらいで光も辛くなってきて、過敏な時期は家の中でもサングラスをかけています。なにかの病気かもしれないと眼科や耳鼻科を訪れましたが、「そういう体質」とのことです。あきらかに小説を書いている時期に光や音に対して感覚が鋭敏になるので、書いている時はどうしても家にこもってしまいます。

さてタイトルに三つの死が入っていますが、いつからか私にとって死は重いものではなくなってしまいました。かといって、軽いわけでもなく、軽やかだったり、軽妙といった感じでしょうか。
十数年前、救急病院で働いていた時、私はほぼ毎日のように死を見ました。また、死を観たといえる時もあったし、そもそも、仕事として死を診ていました。今思い返しても、本当にたくさんの人間を看取ってきました。
人は死ぬとその身体は冷えて硬くなり、担ごうとすると生前よりも重く感じます。死体は重くても、しかし、死自体が重いとはかぎらない。
私はかつていつ過労死してもおかしくないくらい働いた経験があります。残業時間は月300時間以上、一年で一日も休みなく(大晦日も正月もお盆も)働いて、500連勤以上だったと思います。その時、自分の背後に死の実感がありましたが、それはとても解放的で、軽やかなものでした。むしろ、身体の方が鉛のように重く、もうこの肉体を捨てて楽になりたいと願ったくらいでした。先ほど死は軽やかなものになっていったと書きましたが、私にとって死が健やかなものになったのはその時からで、今もそれは変わりません。

お姉さまとのお話、印象深く拝読しました。同情を誘うのではないかと懸念されてらっしゃいましたが、ご心配は無用です。家族の死や別離に対して同情の念が込みあげたことは、もう十五年以上ないのです。それは他人のものに対しても、自分のものに対してもです。生者であれ、死者であれ、私が気をかけるのは、彼ら/彼女らが今安らかかどうかだけです。安らかであれば、生と死の違いがわからなくなってしまいました。存在と不在が混じってしまうと、あまねく在る感覚に陥ります。
他の二元的な状態に対してもそうです。植物状態/一般的にいわれる普通な状態、障害者/健常者、健康/病気、書くこと/書かれることなど、それらの違いがわかりません。なので、お姉さまのお話も悲愴感もなく読み進めることができました。
小池さんがお姉さまの胸を押しこんだ話を読んで、私は逆のことを思い出しました。人が生まれる瞬間のことです。胎児は法的にはまだ人間ではない、という扱いだそうです。母体の胎内にいる時から、心臓はばくばくと動いている(それどころか、身体ももぞもぞと動かして、おしっこも便もしている)のに、まだ人間ではないそうです。
私は、胎児たちも自分たちと同じ人間だと感じてしまうのですが、ただ明らかに自分たちと違う点はあります。胎児は呼吸していません。へその緒から酸素をもらっているので、肺を使う必要がないのです。なので、胎児の肺には空気はなく、羊水が充満しており、肺の中は水浸しです。肺の中に空気がないので、胎内で恐ろしい夢を見ても声を出して泣くことはないのです。
胎内から生まれ出て、すぐに大声で泣きだすといったイメージがあるかもしれませんが、しかし、泣き出す前に、実は赤子は肺の中の羊水を吐きだして(医療従事者も口から吸引器を入れて羊水を吸いだします)、そして、息を吸って肺に空気を充満させます。それから今度は吸った息を吐き出しながら啼てい泣きゅうしだすのです。漢字では呼吸という順番ですが、実際のところ、まず息を吸うことで人間をはじめるらしいです。
私自身、呼吸というのは自分と身体の架け橋のように感じています。自分と身体の間を行きつ帰りつするもの。
小池さんがお姉さまの胸を押しこんだ時、その呼吸の先端か、あるいはその終わりに繫がったお姉さまの存在/不在を、自分の存在でもって感じられたのかなと勝手ながら想像すると、「何かが決定的に失われ、しかし決定的な何かがたしかにここにある」という小池さんの感覚が私の中でも腑に落ちました。人工呼吸器によってお姉さまが息を吸われた時にその存在を感じられ、そして、人工呼吸器によって、あるいは、小池さんが肋骨を押しこむことで、お姉さまが息を吐き出された時にその不在を感じたのだろうか、いや、不在と実在を同時に感じたのだろうか。そんな想いが勝手に巡ってきて、すると自分もまた呼吸していることに気がつき、自分も存在と不在の間を行き来しているという実感が込みあげました。自分もまた生まれてから絶え間なく存在しているわけではなく、瞬く星のように、明滅を繰り返す蛍光灯のように、存在/不在を繰り返しているのだと思い起こす心地がしました。

この書簡のなかで、私が医師として言表することは一度もないでしょう。そもそも、医師として何かを言うこと自体が日常のなかでもなくなってしまいました。医学的経験を通して学んだことは数えきれないほどあるので、それが活きることはありますが、先ほど申し上げたように、私はもう誰とも本質的に医師と患者という関係性になることができないのです。癒す者と癒される者、癒すことと癒されることを分けることが不可能になってしまったのが、医師業から遠ざかった一つの理由です。先ほどのように医学的な知見を引用することもあるかと思いますが、あくまでも一人の人間としての立場から書いていきます。

自分で自分を癒す方法は数多あると思いますが、物語もまたそういった作用があるのでしょう。小説の書き方はさまざまです。自己表現として、または自己主張として、そして、自己実現として、など多様な書き方がありますが、私はおそらく、物語を通して自己治癒と自己探求をする、そんな書き方をしているようです。
私もまた往復書簡の作法は存じ上げません。そもそも小説自体も、物語が思い浮かぶようになって書きはじめました。初めて小説を書きだしたあの時も、作法すら知らないまま、とりあえず書きだしたのです。できあがったのは非常に下手なものでしたが、それでも小説でした。今回も、小池さんの書簡を読んで思いつくままに書かせていただきます。お互い、それぞれのやりかたでやってみましょう。逸脱も反復もすれ違いも一切気にせずに。

私は基本的に甘いものはほとんど食べません。かわりに、塩っぽいものが大好きです。子供の頃から塩味やサラダ味のおかきが好物で、今でもときどき食べています。おすすめは高山製菓の「ころもち」です。

(了)

あなたの考えを共有し、他の人の考えに耳を傾けてみましょう。

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次回連載予定日:10月21日 00:00

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エッセイ

2026/08/19 連載

小池水音 ⇒ 朝比奈秋 (往復書簡 第一通)

小池水音

手紙というものをあらためて書いた経験はあるだろうかとふりかえってみると、大学生のころ、当時恋をしていたずいぶん歳上のかたに宛てて、3000字に及ぶ怪文を和紙に綴った苦い記憶がよみがえりました。 この往復書簡のタイトルには「死」という字が三つも入っています。「恋」に引けを取らず切実な、深刻なテーマと言えそうです。企画してくださった編集のTさんも「軽い話題から入っていただいても」とのことなので、かつて

#日常#生老病死#往復書簡