(5)トトロの庭

直実さん

場所:広島安佐南区家の庭

時:2006年夏

トトロの庭のヒメジョオン
トトロの庭のヒメジョオン

あなたは広島へやってきてはじめて、かつてテレビで観た映画『となりのトトロ』の中の雑草が全部本当にある草なのだということを知る。それがあなたにとっての広島だった。

ムラサキツユクサ。ドクダミ。シロツメクサ。オオバコ。スギナ。外来種のポピー。それから、外来種のタンポポ。

あなたは大阪西成区のアスファルトしかない場所で育ったから、学校や公園なんかでしか雑草などというものを見たことがなかったし、ましてや雑草を抜いたりしたこともなかった。


あなたの両親はどちらも韓国人で、あなたは在日3世。あなたは、在日のコミュニティーの中で生きてきたから、在日であることを気にせずふ・つ・う・に生きてきた。戦争中のことだって、あなたは、それは誰のせいでもないと思っていた。

あなたはやがて広島の人と結婚することになり、庭つきの家に住むことになった。

あなたはそこではじめて、小花柄の園芸グローブをはめ、ジーンズに紫の長靴を履き、首の後ろまで隠れる帽子をかぶり、庭へ出て、雑草を抜いた。

あなたは雑草を、その草の名前を、ひとつひとつはじめて知る。

あなたが入籍するために広島の区役所へ行ったとき、受付の人が書類を受け取ってくれなかった。

主人のお母さんと行ったから、怪しがられたのかもしれない。韓国から取り寄せた長い戸籍も、西成区役所に届けた出生届もあったのに、それを受け取ってもらえなかった。

あなたは、はじめてそういう経験をして、泣いてしまう。

するとお偉いさんが出てきてころっと態度が変わったのだった。

あそこは朝鮮人が多いからね、というようなことをカジュアルに話す人も多かった。

あなたは、あなたが在日だと知れたら怖いことになるんじゃないかと不安になる。

子どもが生まれ、あなたは子どもたちにも、そういうことがあるかもしれないと話している。

あなたは、帰化しないといけないのかな、と考えはじめる。けれど、帰化しても、帰化人といわれるだろう。それに、帰化するためには、あなたの戸籍だとかを全部翻訳したものが必要だといわれているし、あなたは十代の頃一度だけ警察にもやっかいになっている。ひとつ潰せばその不安はなくなるだろうけれど、またつぎがきて、生きている限り、それがつぎつぎ続くことになるだろう。

あなたの父親は韓国語をもう喋れるか喋れないかというくらいだし、あなたは韓国語を喋れない。あなたの名前は日本名だ。

あなたは、酷い差別にあった人にくらべたら、ぬくぬく生きていると思う、という。

けれど、ここへきて、被爆の話と、在日の話は、似ているな、全部、繫がっている、戦争なんだなって、知った。

主人のお父さんは主人が小学生の頃に離婚して、精神病院に入っていた。彼のお母さんは、結婚相手が南方へ通訳かなにかで行って死んだ後、彼だけ残して広島の人と再婚、ひとり残された彼は心が弱ってしまったみたい。

戦争で人生狂ってる。戦争の被害は、みんなおなじ。

あなたは、現代アートが好きだったから広島市現代美術館を、度々訪れるようになる。そこで展覧会をしていたインドネシアのアーティストが言っていた。

あなたという存在が、過去に起きたことの証明になっているということがある、というようなこと。

けれど、あなたは、子どもにも申し訳ないなって思ったりする、という。

次に戦争になったときに。

あなたは、そういうのがどんどんでてくるなかで自分の存在がどーんと感じられてねと、涙がこぼれるのをとめられない。

雑草を抜く直実の肖像
雑草を抜く直実の肖像

◯

2025年8月5日の広島市現代美術館モカモカにて
たまたま通りがかりに話を聞かせてくれた

協力
広島市現代美術館、カフェKAZE、アートバス〈爆心へ〉、加納実紀代資料室サゴリ

参考

  • 広島市現代美術館「ティンティン・ウリア:共通するものごと」(2024年9月21日―2025年1月5日)
    民族的なマイノリティである中国系バリ人である自身の出自と1965-66年に起こったインドネシア大虐殺のときに行方不明となった祖父の存在をうけ、芸術的実践と研究をおこなうアーティスト、ティンティン・ウリアの展示。

(つづく)

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