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小説と漫画、交点と差異
#漫画#創作#冨樫 義博#少年ジャンプ
エッセイ2026/09/29

小説と漫画、交点と差異

町屋良平

現在においてマンガというのは世代論と心中するような文化だと思う。いまの二十代が『ドラゴンボール』を読んでいないように、私は『魁!!男塾』を読んでいない。エンターテインメント小説に比べてもその傾向は顕著であるようにおもう。私は三十代序盤の作家に、『アイシールド21』と『金色のガッシュ』が自分たちの共通言語ですと言われて驚いた。『アイシールド21』に関しては読んでいたが、じつは冒頭以外の内容をサッパリ忘れていた。つまり、たとえば『スラムダンク』の内容を私がパッと思い出せるのは、何十回と読み返したからにすぎず、何度もマンガを読み返す時間というのは、十代後半までの特権かもしれない。

小説も一九八〇年代以降マンガの影響を顕著に受けて発展し、二〇二六年現在はマンガの影響が当たり前に溶け込みすぎて、指摘するのも億劫になりかけている。私見では、一九八〇年代以降のコバルト文庫周辺からデビューしてきた小説家たちと少女漫画の関係性(斎藤美奈子提唱による「L文学」的影響関係)、それから村上龍の長編作品、とくに『コインロッカー・ベイビーズ』あたりから強く見られる少年漫画の影響など、丁寧に検討していく要請はあるとは思う。とはいえ、現在文学において活躍している上の世代で、そうしたサブカルチャーと呼ばれてきたものの影響関係がまだ薄い、ほぼ感じられない作家も多い。だから今はまだその過渡期にあるように思える。

マンガが小説に与える影響の大きさは、マンガ側の技術研鑽によるところが大きい。私が思うに、現在のマンガ界で小説に大きく影響を与えている存在は冨樫義博である。

当たり前すぎるだろ、と思う人と、おいおい逆だろ、と思う人が両方いるのではないかと思う。たとえば近年で言うと、小川哲は小説に『HUNTER×HUNTER』の影響を認めている。しかし、冨樫義博はもともと筒井康隆など、小説に影響を受けて作品を書いていた側面がある。つまり、小説と冨樫義博とは現在は双方向的に影響を与えあっている。

そんな漫画家はいくらでもいるだろう。しかし冨樫義博の特殊な才能というのは、批評で物語を構築していくその姿勢の純度だと思う。『呪術廻戦』しかり、とくにジャンプマンガというのは「ジャンプマンガ批評」なくしてありえない。その流れが加速したのは、冨樫義博の存在によってだと私は考えている。『幽☆遊☆白書』では序盤はラブコメからバトルマンガへと、ドラゴンボールに近い変遷を批評的に刷新していった。その先で、バトルマンガ批判にまで射程を伸ばす。『ジョジョの奇妙な冒険』の延長、変奏として考えられる大きい功績としては、『HUNTER×HUNTER』における念能力という概念が、手から気功波が出たり、ホイミ(ファイナルファンタジーでいえばケアル)的な回復能力が存在できたり、分身ができたり、その他その他の数えきれないほどのありとあらゆるマンガ的特殊能力を越えて、じつはマンガに止まらず現実の国家、宗教観なども包摂できてしまう、これまでのマンガにない広範な射程の「批評」を果たしてしまったことだろう。

いまではマンガが現実を批評する最先端であることが当たり前になっていて、文学作品の批評可能性をやすやす越えていると私は思う。かように冨樫義博は批評にすぐれた作家であると同時に、すぐれた物語には批評が不可欠であることを教えてくれる、重要な存在であった。

私は『幽☆遊☆白書』の人物造形がもっとも好きだ。『幽☆遊☆白書』はおもに二人の人間と二人の妖怪が否応なく共闘し、悪と闘っていくという筋なのだが、途中で二人の人間のうち一人、というか主人公が妖怪であったことが判明する(つまり妖怪が主人公パーティのマジョリティになる)。「魔界の扉」編では敵の多くは人間であった。主人公側が妖怪で、敵側が人間であるわけだが、基本的に冨樫作品に通底するテーマは反転する正義、正義への懐疑である。

現状、少年マンガ的な正義への懐疑がテーマとして前景化したとき、主人公がシンプルな性格でややこしい葛藤を持たないことで、乗り越えられることが多い。『鬼滅の刃』の炭治郎はその代表だろう。『幽☆遊☆白書』の幽助や、『HUNTER×HUNTER』のゴンはその役割を負っている。彼らは内面に相応の複雑さは抱えている。しかしそれをそのまま言葉にしたりはしない。だから冨樫作品では準主役に人気が集まりがちになる。主人公が一番人気でなければいい漫画ではないという暗黙の了解をくつがえしたのも、冨樫作品の功績といえよう。『幽☆遊☆白書』も『HUNTER×HUNTER』も四人組で主要登場人物は固められるが、主人公の代わりのように彼らは複雑な葛藤を物語において吐露することになる。その葛藤の描かれ方は、これまで描かれてきた「キャラクター」を踏まえつつも、凌駕し、現実の人間に迫るリアリズムが湛えられる。

ある種の一面が切り取られた記号的キャラクターではなく、あたかもこの世界ですれ違う人間ひとりひとりのようなリアリティが描かれる。これは本来文学が本懐としてきたかのようなことだが、私には現代小説はすでにその役割をある程度終えているように思えてならない。こんにち、これを小説でやるとしても、冨樫義博作品以降の深みに届くには、随分と難しい状況になっていると思える。

そこで、唐突に私の結論をいうと、こんにちの小説は歴史的に物語とは峻別されてきた、言葉で考える、言葉が考えるという本質的な小説「性」とはなにかという懐疑なしにその良さは発揮されない。ここに含まれる可能性だけは、マンガとはまったく別の批評が介在するものだと考えている。

(了)

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