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Illustration: ©DAISUKE KONDO

話子さんのはなし
#日常#読み切り
小説2026/08/05

話子さんのはなし

滝口悠生

 話子はなこさんが毎朝起きる時間は日によってまちまちだった。年寄りだから、早起きである。
 午前四時頃に目覚めて体を起こすこともあれば、六時くらいのこともある。平均すればだいたい五時頃が多い。夏ならば五時はもうすっかり日がのぼって外は明るいが、いまは冬だからまだ真っ暗だ。
 山間の集落の外れにある話子さんの家の寝室は、一階の南側にある和室である。話子さんは眠るとき雨戸を閉たてない。不用心だと思うが、頑として雨戸を閉てない。
 こんな家、と話子さんはいつか言った。入ろうと思えばどこからでも入れるのだから、雨戸を閉てても大した用心にはならない。
 なるほどそう言われればそうかもしれない。
 けれども防犯とか用心というのは、きっとどの家庭においてもそんな実質的に厳密なことばかりじゃなくて、一応、とか、なんとなく、とかで行われる部分も結構あるものなんじゃないか。その一応、とか、なんとなく、が多少とはいえ家内のひとの心に安心をもたらすものなんじゃないか、そんなふうにも思うけれど、話子さんはそうは考えない。
 だから玄関の鍵も窓の鍵もかけない。夜寝るときも、用事があって外に出かけるときも、話子さんの家の窓も玄関の戸もいつも鍵は開きっぱなしである。
 こんな鍵、とも話子さんはいつか言った。壊そうと思えば簡単に壊せるし、そんなことせずとも本気で侵入しようと思えば窓を割ればいくらでもよ、とまるで強盗犯みたいな物言いだった。
 だからいつでも誰でも入ってこられる。もちろん泥棒や強盗でなくとも入ってこられるのだが、この家にはほとんど来客がなかった。話子さんはひと付き合いが好きではない。
日がのぼって朝になり、日が暮れて夜になる。今日も誰も来なかった、今日もこの家には話子さんひとりだった。そういう一日が毎日続く。
 ああ、起きる時間の話をしていたんだった。
 不思議なことがある。
 毎日目を覚ましたあと、話子さんは身支度を整えて朝食の準備にとりかかる。そして居間とひと間につながった台所の食卓に用意した朝食を並べ、居間に置かれたテレビを点けて、ニュース番組を観ながらひとりで朝食を食べる。その一連の行動は毎日ほとんど変わらないのだが、話子さんが何時に目をさましたとしても、朝食を食べはじめるのはいつも午前七時ちょうどになった。
 四時に起きても、六時に起きても、朝食を食べはじめるときには七時ちょうどに時刻が合う。早く目覚めたから散歩に出るとか体操をするとか、いつもと違うことをするわけではない。あるいは遅く目覚めたからといって急いだりなにかを省略することもない。毎日同じように、同じことをしているのに、最大で二時間近くあるはずのこの家の朝の時間は、なんだか話子さんの朝食に合わせて伸縮しているかのようだった。
 そしてニュースを観ながらご飯をゆっくり口に運ぶ話子さんが、そのことを不思議に思っている様子もなかった。
 おれが何時に目覚めようが、毎日七時にちゃんとニュースがはじまるんだから、おれが毎日七時に朝食を食べはじめたってなにが不思議なものか。そう話子さんが言ったわけではなかったけれど、そう言いでもしそうな肩と背中の固く強い丸みである。
 老年の女性がひとりで暮らす誰も訪れない家では、時間の流れは世の中のそれとは隔絶していて、彼女の長く繰り返された生活のリズムに絡めとられて時間の方が形を変えるものなのだろうか。
 実際、それで誰かが困っているというわけでもなさそうである。
 雨戸を閉てない話子さんの寝室が徐々に薄明るくなってくる。この部屋には空調がない。冬ならば毛足の長い毛布を、敷布の上と、掛布の下に二枚用意して、毛の靴下と肌着の上にキルト素材の寝間着を着た話子さんがそこに挟まれるようにまっすぐ仰向けの体勢で横になっている。毛布の上には綿の詰まったずっしりと重たい掛け布団が二枚重ねられていて、布団に入ると重たくて身動きがとれないほどなのだが、その重さが大切なのだった。布団がずれたり、蹴飛ばして剝いでしまうこともない。寝返りも打たない。重たい布団で体を眠りに抑えつける、すすんで金縛りに遭いにいくような話子さんの就寝なのだった。もし寝ている間に布団の上に誰かが乗っかっていたって気づかれなそうである。
 以前、軽い羽毛の布団を使ったこともあった。しかし軽すぎて全然眠れなかった。
 軽い羽毛布団は、ある夏の日、誰も訪れないはずのこの家を訪問した女性販売員から購入した。定価の半額ということだったが、もとが高級品だから安くはなかった。販売員はやむにやまれぬ事情で会社に不義を働き、彼女が乗ってきた幌つきの軽トラックに満載したこの布団を売り切らないことには会社に戻ることもできず、家族とも再会できないのだと言った。あとから思い出すと、会社の問題と家族と再会できない云々のところの繫がりがどういう話だったのかよくわからなかったが、しかし販売員の話を聞いた話子さんは彼女を信じ、そして彼女の一助になればと布団を買った。疑わしい話であることはもちろんわかった。世の中にひとを騙そうとするひとが、特にひとり暮らしの老人を騙そうとするひとがたくさんいることは知っていたから。でも、そのとき話子さんは彼女の話を信じた。その話を信じるかどうかは、その話を直接聞いたおれが決めることであって、信じるというのは盲信することじゃない、たとえ噓だろうが構わない、と思いきることなんだ。
 だから布団を買ったことじたいは後悔していなかった。しかし冬が来ていざその布団を使ってみると、軽すぎて全然眠れないのだった。あんな値段がしたのにこんなに軽いなんて詐欺に遭ったようなものだと話子さんはその布団に対してひどく裏切られた気持ちになった。販売員の彼女にではない、布団にである。
 布団が軽くてあたたかいということは、動けないほどに重たいことよりも、ずっと善良なことなのである。それは話子さんがそれまで知らなかった世界の真実なのである。あの日彼女から受けとった布団の軽さは、話子さんの腕の上で、そう訴えているとしか思えぬほどに軽かった。
 同じ頃、近隣で同様の訪問販売で布団を買ったひとが多数いた。みんな高齢者だった。布団の品質自体は著しく悪いわけではなく、半額を強調した販売員が示した元値はふっかけ過ぎだったとしても、実際の販売価格は詐欺といえるほど高額ではなかったという。だから問題視されたのはその布団というよりは押し売りに近い商法の方だった。怪しいセールスマンや押し売りなんてその頃でももうずいぶん古くさい感じがしたものだけれど、女の販売員が軽トラでやってくる、というところにある種の演出効果があったのか、その販売員自体の備えた雰囲気や話術が優れていたのか、結構布団を買ったひとはいた。そしてなかにはそのまま長年愛用しているひともいた。
 ともあれ、そのように寝て朝が来て、冬の重たい布団のなかで寝返りも打たず横たわり続けた話子さんの体がいま目覚め、布団から抜け出てきて体を起こす。重たい布団は、話子さんがいなくなっても話子さんが寝ていたときのままの形で固まっていて、主のいなくなった巣穴のような暗い空洞を維持していた。
 顔が冷たい。寝間着と体にはまだ布団のなかの温みが残っているが、次第に室内の冷気が襟元や袖口から入り込んでくる。廊下に出るといっそう空気は冷たい。お便所のドアの軋みが、毎日きまって最初にこの家に響く音だ。
 寝室に話子さんのいない間に、そっと障子戸を開けておく。
 起きる時間が違うから、外の明るさは日によって違う。まだ暗闇のときもあれば、もう薄明るいときもある。天気や雲の多さにもよる。しかしいずれにしろ障子戸を開けて、窓ガラス越しに庭先の植木と空が見えるようになると、部屋のなかはずいぶんと朝らしくなるものだった。
 寝室に戻ってきた話子さんは重たい布団を畳んで、持ち上げて運び、押入にしまう。
 年齢のわりに足腰は丈夫で、大きな怪我をしたことも、関節の痛みなどもないけれど、かがんだり、立ち上がったり、ものを持ち上げたりする瞬間には慎重になる。いつの間にか障子戸が開いていることには無反応である。気づいていないのか、気づいているけれどとくになにも言わないだけなのか。この家で話子さんが喋ることはほとんどない。話子さん以外に誰もいないのだから、喋りかける相手がない。
 寝間着を脱いで、部屋の隅の重なった座布団の上に畳んであったズボンと上着に着替える。長押なげしに掛けた衣紋掛えもんかけから分厚い毛糸のカーディガンをとって寝間着の上に羽織る。このセーターを話子さんはたぶんもう四十年くらい着ている。どこかに引っかけてほつれたり、擦り切れたりしては縫い直してきた。元の毛糸も混色で、違う毛糸で編み直したあともそこここにあり、毛玉がたくさんできて、何色とひと言では言えない色になっている。肘から手首にかけての裏側がとくに補修のあとが多く、複雑で賑やかである。
 長く生きるってそういうものかもしれない。
 いいや、それはひとにもよるか。
 いろんな色が隣り合い混ざりあい、何色かわからなくなるひともいれば、年をとるほどにひとつの色に落ち着いていくひともいる。
 話子さんはそういうたとえ話は嫌いだ。
 寝室をあとにして、廊下を歩いて台所へ向かう。東向きの、だから日がのぼっていれば掃き出し窓から朝日が入って明るいその短い廊下に右足から踏み出し、左足で台所の敷居を跨いで右足で止まるその短い移動は毎日必ず十一歩で、同じテンポで行われていることを話子さんはきっと意識していないだろう。ひとは案外と、自分のたてる音や、その音が生むリズムには気づかないものだ。
 台所に入っても体は勝手に動いているみたいに毎日同じ順序で同じ動作を繰り返す。入ってすぐ右手にある勝手口の沓脱くつぬぎの先に流しがあって、その前に立つとやはり東向きの窓の擦りガラスから入る日で話子さんの顔が明るくなる。流し台の引き出しを開けて、まな板と包丁を取り出して調理台の上に置き、水切りカゴにあるしゃもじを取る。左を向いて一、二、三歩動いて奥側の腰高の台の上にある電気釜の蓋を開ける。予約して朝の時間に合わせて炊き上がっている米を混ぜる。円形の釜の縁からぐっとしゃもじを差し入れて、底からかき上げる動きを三回、最後に均ならすようにおさえる動きを一回の計四回行って釜の蓋を閉める。お米の湯気を浴びた話子さんの頰に少し赤みがさして輝く。
 それからさらに左に二歩動いて冷蔵庫の前へ。両開きの扉を開けて、まず味噌を取り出し、台所のテーブルに置く。それからヨーグルトを取り出してこれもテーブルに置いて冷蔵庫の扉を閉める。流しの左手の三口あるコンロの上に置いてあった手鍋を取って、流しの蛇口から水を入れる。右に回すと水で、左に回すとお湯と切り替わり、ふだんは上に上がっているレバーを下に下げることで蛇口から水が出る。
 水を出すだけの話子さんのその動作にはいつもわずかな滞とどこおりがあった。
 左手に鍋を持って、蛇口の下に鍋をあてがい、さあ水を出そうというところで一瞬動きが止まる。その後レバーが右に寄っていることを確かめて話子さんはレバーを下げるのだが、以前そこにはそのようなレバー式ではなく、右側に水を示す青色の丸が真ん中についた水平のハンドルが、左側には同様にお湯を示す赤色の丸がついたハンドルが並んだ蛇口があった。だいぶ前に経年劣化で蛇口内部の栓が傷み、新しいものに交換したのだったが、それまで長年体にしみついた水を出すという動作はかつての蛇口とあの青赤のハンドルと結びついていて、水を出そうと思うと手があの青いハンドルを探してしまう。
 十字がない、と話子さんは思い、そうだもう新しい蛇口に交換したのだった、と気づく。
 実際には滑らかな三角形をしていたあの青と赤のハンドルを、話子さんは十字と呼んだ。だから話子さんはハンドルの形を鮮明に覚えているわけでもないし、毎朝その一瞬の戸惑いを繰り返しながら、感傷に浸るというわけでもなかった。ただ単に、交換したんだった、と忘れていたことを思い出すことを、毎朝していた。毎朝そうしているのに水を出す前にそれを思い出すことはどうしてかないようだった。たぶんこの先もずっとそうなんだろう。
 もっとむかしはガス給湯器がそこにあった。水道の水は冷たい水しか出なかった。さらにむかしならガス給湯器さえなかった。真冬の洗い物も冷たい水でするほかなかった。
 鍋の湯が温まったら、炊飯器の並びに置かれたプラスチックのケースのなかにあるパックを取り、ジップの口を開けてさらさらと顆粒かりゅうのだし粉を鍋の湯に入れる。それを元の場所に戻し、次に同じケースのなかにある乾燥させた味噌汁の具材のパックを取って同じように鍋の湯に入れる。乾燥して小さくなっていた豆腐とわかめとネギが膨らんでいくのを話子さんは少しのぞく。鍋から上がる湯気を浴びてまた少し話子さんの頰が輝く。
 背後のテーブルの味噌を調理台に移して蓋を開けて、水切りカゴからおたまと菜箸を取る。菜箸は調理台の上に一旦転がすように置き、右手に持ったおたまの先で味噌をすくう。おたまを左手に持ち替えて、お湯のなかに入れたおたまの先を、右手に持った菜箸で少しずつ溶かす。コンロの火はずっと弱火のまま、ふつふつ揺れはするが沸き立つほどではない。味噌を溶かしたら菜箸はシンクに転がすように放って、鍋の火を止める。
 流しの下の扉を開けて、扉の内側に収まった三徳包丁を取り出し、調理台の奥に立てかけたまな板を引き寄せて手元に置く。まな板は少し歪んでいて、平らな調理台の上でも少しぐらつく。炊飯器が置かれた台の下部にキャスター付きの板とともに収めてあるポリバケツを引き出して蓋を開ける。糠床の匂いが立ち上がる。注意深く、ゆっくりしゃがんだ話子さんは右腕のセーターをまくって糠床に手を突っ込み、大きくゆっくり四回かき回す。糠床の匂いを浴びた話子さんの頰がわずかに震える。糠床を混ぜ終え、なかから頃合いに漬かった野菜をひとつ取り出す。今日は大根が出てきた。
 大根についた糠を右手だけで器用に払い落として、左手でバケツに蓋をして台の下に押し込む。ごろごろっ、とキャスターの転がる音が床に響く。同じ左手で蛇口の水を出して大根を洗う。蛇口のレバーのところで一瞬動作が止まるのは一度目だけで、二度目からは一度目のような戸惑いの様子は見られない。
 だから蛇口が変わったことを、話子さんはいつも忘れ続けるわけではなくて、朝思い出し、その日のうちは覚えているが、夜眠ると忘れる。
 いや、そうではないのかもしれない。話子さんにとって朝最初に台所で水を出そうとするときに、蛇口が変わっていたことを思い出すかのようなあの一瞬の動作の中断は、忘れるとか思い出すとかの抗えない記憶の悪戯によるものではなく、もっと意志的な所作なのかもしれない。あの短い間は、話子さんが十字と呼ぶかつての蛇口や、さらにむかしのガス給湯器のこと、ガス給湯器さえなかったむかしのことを、毎朝忘れずに思い出したいという、朝の祈りのようなことなのかもしれない。
 大根を切って、水切りから取った小皿に出す。使う食器は朝も昼も夜もだいたい同じだから、ほとんどのものは洗ったら水切りカゴに置いておいてそのままそこから取ってまた使った。流しの上に並んだ調味料のなかから赤い蓋の味の素を取って大根にたっぷりかける。背後のテーブルに小皿を置き、卓上に出しっぱなしになっている醬油差しから醬油もかける。話子さんの味つけは濃い。
 そのままテーブルで、さっき置いたヨーグルトのパックの蓋を開ける。台所の入口の左手にある食器棚のガラス戸を開いて、なかからガラスの皿とコップに挿してあるスプーンをひとつ取り出す。テーブルの方に向き直るついでに肘で戸を閉める。スプーンでヨーグルトを三杯すくってガラス皿に盛る。
 また食器棚に行って戸を開け、ご飯と味噌汁用のお椀を取り出し、また肘で戸を閉める。話子さんはお椀類だけは水切りに置きっぱなしにせず、洗ったら布巾で拭いて食器棚にちゃんとしまった。その選別の理由は長年わからなかったが、逆さにして水切りに置いておいても、椀の底の高台の内側に水気が残ることを嫌ってそうしているのかもしれない、とこれは最近思うようになった。洗い終えた茶碗類を拭きながら、その部分を拭き取る話子さんの様子にほんのわずかの憎らしさがあるように見えるのだ。
 おたまで鍋の味噌汁をよそい、炊飯器を開けてご飯茶碗に山盛りのご飯を盛って食卓に置く。水切りにある箸と、やはり水切りのなかに逆さに置かれたガラスコップを取り、コップに水道水を注ぐ。箸とコップも食卓に置いて、話子さんの朝食が揃う。
 そこまでの一連の動きが、毎日寸分違わず繰り返される。違うのは糠床から出てくる野菜がその日その日で人参だったり、胡瓜だったり、茄子だったりするくらいで、そのほかの、ひじょうに効率的なところもあれば、戸棚を何度も開け閉めしたりして非効率に見える部分も含め、すべての動きは毎日まったく同じだった。
 そしてテーブルに置いたご飯と味噌汁、ヨーグルトのガラス皿、ぬか漬けの小皿、水道水を入れたコップを並べ直して、テーブルの下に座面を収めた四脚ある椅子のうち、食器棚と向かい合う位置の椅子の背を引いて話子さんはその椅子に腰かける。ほかの三脚はいずれも座面に新聞紙や広告、郵便物、菓子やお茶の袋などが置かれていて座れない。
 小皿や茶筒などが雑然と置かれた食卓の上にはテレビのリモコンもあって、話子さんはそれを手に取って、台所とひと間続きになった居間のテレビに向けて電源のボタンを押す。電波が食卓の上から居間との敷居の上を越え、テレビの手前のこたつ机の上も越えて、居間の北側の壁に沿って置かれたテレビ台の上の四十八型液晶モニターに届き、少しの間を置いて画面が映る。天気予報がやっている。話子さんはいただきますも言わず、味噌汁の椀を手に取ってまず味噌汁をすする。それが朝ご飯のはじまりで、すると番組が切り替わって朝七時からのニュースが始まる。
 違う時間に起きるのに、毎日同じことをして朝食を食べはじめると同じ時間になる不思議について、そこには謎だけがあって犯人も解決もない。たとえもしその謎を解き明かしたとして、それがなにになるのかと言えばたぶんなににもならない。結局話子さんは毎日違う時間に目覚めて、同じ動きで朝食を支度し、七時ちょうどに食べはじめるだけだと思う。あるいは、その不思議が不思議でなくなったら、話子さん死んじゃうのかもしれない。老人に限ったことではなく、ひとが死なずに今日も生きているというのは、考えてみれば不思議なことで、同じだけ生きてきたひとがだんだんと死んでいく老人の今日にとって相対的にその不思議さは増す。その日々のなかに不思議な現象がひとつやふたつあってもそんなにおかしなことではないように思う。
 朝食を食べ終わったあとは、誰も来ないこの家で、その日その日、思うままに過ごす。季節や天気によって、あるいは曜日によって、朝の支度ほど毎日同じではない、しかし目新しいことも変わり映えすることもない、同じようなことが日ごとに行われ、話子さんの生きた時間が少しずつ増えていく。
 忙しいわけではないが、案外とやることは多い。着替え、食事、服薬、排泄、休憩など自分のこともそうだし、洗い物、洗濯、掃除と家のなかのこと。植木や鉢植えに水をやったり落ち葉を掃除したり、敷地のまわりの掃除も簡単にする。茂みの伸びた草が道に飛び出ていれば刈ってきれいにしたりもする。買い物は週に二度、街なかのスーパーが配達してくれるサービスを申し込んでいる。配達のときに今回分の料金を支払い、次回の配達分の注文票を渡す。
 そして電話だ。台所と居間のあいだの敷居の端で、常時開けっぱなしで重なった引き戸の横に置かれた電話機が、午前も午後もしょっちゅうどこかからの電話を受信して着信音を鳴らす。そのたびに話子さんのしごとは中断される。誰も来ないのに、電話だけはやたらかかってくるのだ。
 受話器を取って、もしもし山田です、と名乗れば、相手はみな知らない氏名や知らない会社の名前を名乗る。こちらが先に名前を言わないと、電話の相手の第一声は決まって、山田さんのお電話でお間違いないでしょうか、になって間怠まだるっこしいから話子さんは出るなり先に名乗るようになった。
 用件はいろいろで、どこかのマンションを買わないかとか太陽光パネルを設置しないかとか光熱費の支払いをとりまとめないかとか還付金があるとか、あるいは役所や警察や銀行を名乗るものなどもあって、どれが合法の商売でどれが詐欺なのか話子さんははっきりわからないが、ともかく毎日十も二十もかかってくる電話に、話子さんが耳を傾けるべき話はひとつもなかった。
 なら出なければいいのだが、話子さんは全部の電話に出る。いまは迷惑な勧誘や詐欺の電話を未然に拒否する設定なども可能だそうだが、話子さんはそれはしない。謎だ。なにかを待っているのだろうか。
 話子さんは携帯電話は持っていない。けれどもノートパソコンは持っている。昼前頃になると、居間の壁に寄せた小さなテーブルにあるそれを話子さんは毎日開いて電源を入れる。しばらく待つと現れる南国の海の景色の隅の方、ちょうど波打ち際に浮かんでいるマークにマウスで矢印を持っていき、二回押す。最初に開くページにはニュースのヘッドラインが並んでいるがそれは無視してその上部にあるお気に入りという文字列に矢印を運んでそこに垂れてくる三つのページを順に開くのが日課だ。
 ひとつめは上方の女性落語家のホームページで、そこに貼られた最新情報や落語家本人がときどき近況などを記す日記欄をチェックする。最新情報には定席や落語会などの情報が案内されている。日記欄には出演した催しや番組の感想が書かれたり、落語とは関係のない食べ物や本や映画のことが記されたりする。とくになにも更新されない日も多い。ひととおり確認したら話子さんはふたつめのお気に入りのページに移動する。
 ふたつめは県内の中心地にある雑貨と喫茶を併設した店のホームページで、店の外観の写真を配したトップページの隅にあるマークを選んで、店主のソーシャルネットワークサービスのアカウントに移る。やはりここでも昨日確認した投稿まで遡って、以降の写真とそれに添えられた文章を読む。内容は毎朝ほとんど同じで、その日の朝撮ったと思しき空の写真に、おはようございます、ではじまる短い文章が添えられている。笑顔やハートマークなどのついた挨拶のあとは、その日の店の営業時間、定休日ならその旨が記され、今日もがんばっていきましょう、ご来店お待ちしてますとこれも定型で締められる。朝の投稿だけの日もあるが、ときどき喫茶のメニュー紹介や、雑貨の商品紹介が投稿される日もある。話子さんは見逃しのないようにチェックして、すべて確認したら三つめのお気に入りのページに移る。
 三つめは特に人前に出る仕事や商売と関係のない、市井のひとのブログページである。最後に更新された記事はもう何年も前の日付で、散歩中に撮影されたと思しき花の写真と、読み途中の古い海外小説の短い感想が記されていた。何十年ぶりかに再読したとある。話子さんはこのページが更新されるのを一度も見たことがない。毎日見るようになったときにはすでにその最後の記事が書かれたあとだった。ブログの著者がどういうひとなのかはよくわからない。記事の横の枠には簡単なハンドルネームがあるだけで自己紹介もなく、ずっと以前に話子さんはこのブログの記事を毎日少しずつ遡って読んだものだけれど、散歩のことや読んだ本のこと、ときどき国内外の時事について簡単な心証や意見が記されていただけで、はっきり言ってとくにおもしろいものではなかった。話子さんは今日も更新されていないことを確認するためだけにこのページを訪れている。ページの隅にある今日の訪問者という四桁のカウンターはほとんどいつもひと桁で、0001のことも少なくない。ここを毎日訪れるのは世界で話子さんひとりだけなのだと思う。更新されていないことを確かめるほかに、自分以外誰もこのページを見ていないことを確かめてもいるのかもしれない。
 三つのページを見終えたら話子さんは端の×に矢印を合わせ、ページを閉じ、パソコンの電源を落とす。このパソコンは、もう何年も前、ひとり暮らしの高齢者の家に町がボランティアの人間を訪問させる取り組みがあり、話子さんの家を担当したふた回りほど年下の女性が、あると便利だからと古くなって使わなくなったパソコンを持参してそのまま譲ってくれた。面倒な通信回線のことなども面倒を見てくれたのだった。話子さんが毎日見る三つのページは、そのひとがパソコンの電源の入れ方や切り方と合わせてインターネットを教えてくれるときに、試しに開いて見せてくれたページで、どうしてその三つのページを彼女が選んだのか、彼女が個人的によく見ていたページなのか、それとも無作為なものだったのか、わからないがともかく気に入ったページがあったらここにこうして留め置いておくと、すぐにページを見ることができますよ、ほら、お気に入り、と教えてくれたものだった。
 結局パソコンがあってもなにも便利にならなかったが、せっかくだからとその三つのお気に入りのページを毎日開いて見ることを話子さんは続けていた。落語家の出演情報を確認しても、出演する催しや番組を観るわけではないし、行こうと思えば家からバスと電車を使って一時間ほどで行ける雑貨と喫茶の店に行ってみるわけでもない。三つめのブログの記事や著者にも特段の興味はない。ただページを毎日見るだけだが、ちゃんと毎日見るのだからお気に入りなのだろうと話子さんは思っている。
 好きでも必要なことでもないが、毎日続けると必要であるかのように、お気に入りであるかのようになってくる。そのためだけに毎月安くない回線契約料や通信料金が発生していて、あのひとは優しく親切なひとだったが、見方によっては老人を騙して不要な回線契約を取り付けただけみたいにも思える。しかし、話子さんがこの昼前にパソコンを開いて三つのページを巡回する習慣の意味の重さを、月々の契約料金額と秤にかけるなんて難しいことをいったい誰がしたがるだろうか。
 昼飯はうどんが多い。毎回の配達で三玉入りの冷凍うどんを注文している。一食分を鍋で茹でて、茹だったらザルにあける。夏も冬も冷たいうどんを食べることが多い。市販の三倍濃縮のめんつゆを水で希釈し、夏は庭に、冬は室内の窓辺に置いた唐辛子の鉢から赤くなった実をひとつちぎって、それをつゆに放り込んで箸でつぶしながらうどんを食べる。ときどき鮮烈な刺激を舌がとらえる。話子さんは辛いものはそんなに好きではないが、うどんに入れた唐辛子のこの吹き抜けていくような辛さだけは好きだった。週に一度、うどんの切れる配達の前日だけは、冷凍してあるパンを焼いたり、魚を焼いたりカレーライスをつくることもある。カレーをつくれば夜もそのままカレー。残れば、というかたいてい残るから翌日の朝とか夜もカレーがおかずになる。
 午後は天気がよければ庭に出て、植木の水やりや落ち葉の掃除などを終えたら、庭のまんなかの小さく開けた地面に立って話子さんは空を見る。これも毎日の日課だ。水やりや掃除は雨の日はしないが、空を見るのは毎日する。雨が降れば傘を差して。なにをしているかといえば、UFOを呼ぶ。
 話子さんが呼ぶとUFOはそんなに時間がかからずに話子さんの家の上空に現れる。現れてなにをしようというのでもないようだ。どこから来るのか、いつまでいていつどこへ消えるのかもわからない。円盤型なのか、ブーメラン型なのか、もっと曖昧な有り様なのか、どんな形のものがそこに浮かんでいるのやら話子さん以外のひとにはわからない。話子さんにしかUFOは見えない。
 話子さんはUFOがやって来たら気が済むのか、用が済むのか、その心中はうかがえないがあっさりと家に入る。はい、来たね、と独り言なのか、UFOに向けてなのかわからないが言うときもある。傍はたから見る分には、話子さんが家に入ったらUFOがやって来ていたんだなとわかるというわけだ。
 ほとんど誰も来ないこの家だけれど、UFOだけは毎日やって来て、話子さんはそれを庭でそうして迎えている。ある日庭仕事をしていたら空に浮かぶそれに気づいて、そりゃあいくらか驚いたけれど、ただそこに来てなんだかこちらに用のありそうなふうだったから、いらっしゃい、と言ったらそれから毎日来るようになった。話子さんもそれがなんで来るのか、どういうつもりなのかは知らない。どこかからわざわざこの家を訪ねてきているのか、毎日どこかに行く通り道にこの家があり、立ち寄っていくだけとかなのかもしれないが、なんにせよ来るのがわかっているのなら迎えようと話子さんは思っているのだと思う。もう十年以上続くこの習慣だけれど、他人に話しても頭がおかしくなったんだと思われるから話子さんは誰にも話さない。一度だけ、庭で空を見ている話子さんに、通りかかった郵便配達員の男のひとが、なんか飛んでますか、と訊ねたら、話子さんは面倒くさそうに、UFO、と応えた。男は、へえー、と感心したような返事をしたので、先の経緯を話して伝えると、男は、へえー、と同じように繰り返しながら訊いて、赤いバイクで去っていった。
 UFOの来訪を確かめ、家に入ったらお茶を入れて、適当な茶菓子と一緒に一服し、昼寝をすることもあり、相撲中継など観ることもあり、気ままに過ごす夕方にやることはなにもなく、夕飯もいつの間にかできあがっている。昼飯をつくったり、お茶をいれたりする合間や、台所を通りかかるたびにちょこちょこと、手の空いたのを惜しむみたいになにかしていくと日が暮れる頃にはあとはご飯をよそうだけ、というくらいに夕飯の準備が整ってしまう。それだけ手のかからない、簡単な夕飯ということさ、と話子さんは言い、外はすっかり日が暮れ、もちろん鍵を閉めることもなく、雨戸を閉てることもなく、夕飯を食べたら洗い物をして、電気釜に米が余っていればラップに取り分けて冷凍庫に入れる。たいがい一合か半合くらい余っている。空になった釜を洗って明日の朝の分の米一合半を糠床のバケツの隣に置いた米びつから量って釜に入れ、流しでしゃんしゃん音を立てながら洗って水を入れ、電気釜に納めて予約のスイッチを押す。十時間後に炊きあがるようセットされている。
 居間のこたつでお茶を飲み、おもしろいテレビがあれば観ることもあるが、たいていは食事を終えたら寝室に行って布団を敷き、寝間着を持って風呂場に行き、脱衣場でするすると服を脱いで裸になって、貯めておいた風呂に入る。台所にも、居間にも、寝室にも、誰もいない。風呂場からときどき、桶に汲んだお湯を流したり、シャワーの水流が風呂場のガラス戸に当たって弾ける音などが聞こえ、家のなかに小さく響く。
 今日も誰も来なかった。この家には話子さんしかいなかった。
 廊下に面した脱衣場とその奥の風呂場があるその横は壁を隔てて二階に上がる階段がある。話子さんは今日も二階に一度も上がらなかった。二階には二間があったが、いまは仕切りの襖ふすまを取り払って、ぶち抜いた広間はほとんど物置きになっている。もので溢れているというほどでもなく、そこここに隙間がありいろんな大きさや形のものが散漫に置かれていて引っ越しの途中の家のなかみたいだった。話子さんはふだんこの部屋にほとんど立ち入らない。
 以前は季節の変わり目にストーブを出したりしまったり、加湿器やアイロン台やなんかも二階に置いて必要なときに取りに上がったものだったが、最近は重たいものは一年中一階のどこかに出しっぱなしになっていた。二階にはベランダもあってかつてはそこで洗濯物を干していたが、いまは庭に物干し竿を渡せる支えを置いて庭に干すようになった。話子さん、足腰は悪くないはずなのだが、二階に行くことをずいぶん億劫に思っている。
 二階の二間の片方には小さな仏壇もあった。古い家の仏壇はたいてい大仰な大きさで部屋の一角を占めていることが多いが、話子さんは仏壇が必要になったとき、卓上に収まる最も小さな設えのものを選んだ。以前は居間のテーブルの上にそれを置いていたが、あるときに二階の物置部屋に押し込めるように移動した。かつて仏壇があったテーブルの上には例のノートパソコンとマウス、インターネット用のモデムなどが置かれている。仏壇や遺影を話子さんは目につくところに置きたがらなかった。陰気だし邪魔だ、とすげなく言うのだった。物理的に邪魔というよりは目障りということなんだろう。
 生きているひとだけじゃなく、死んだひととの付き合いも、できるだけ避けたいと思うのだろうか。かつてこの家に暮らしたことのあるひとで、もう死んでしまったひとは結構いるのだが、そのひとたちは揃って二階の物置部屋に押し込められている形である。とはいえ窓こそ閉まっているが、ここも雨戸は開けてあって昼は光が入るし、窓の鍵も例によって開きっぱなしだった。入口の戸も開け放ってあるから、そんなに閉ざされた感じがするわけでもない。どうせ話子さんは二階には上がってこないから気づかれまいと、ときどきこっそり誰かが窓を開けて風を入れたりもしている。東側の庭を見下ろす窓からは、午後に空を仰いでUFOを迎える話子さんの顔もよく見える。まぶしいからだろう、眉間に皺を寄せて目を細めるその顔は穏やかに笑っているみたいで、こちらも微笑ましくなる。庭よりも空に近い二階の窓からも、UFOの姿形はどこにも見つけられない。
 しかし見えないからといっていないということでもないだろう。
 夜の二階は暗くて少し寂しい。電灯が切れているから真っ暗、外も真っ暗。恐いわけではないが寂しいのだ。風呂場の戸が開く音が家のなかに響いた。湯気をまとうように裸の全身を輝かせた話子さんが風呂から上がったようだ。湯気は小さく薄くなりながら、廊下に漏れ出て、台所にも、寝室にも、階段をのぼって二階にもわずかに届き、家のなかを温め潤わせる。
 あとはもう歯磨きをして家のなかの電灯をすべて消し、防犯効果など気にせず玄関の外灯も消して、寝室に行き、体をねじこむように重たい布団のなかに入る。そして身動きひとつせず、死体のように動かずに眠る。明日の朝何時に目覚めるかはわからないが、いずれにしろ朝食を食べはじめるときにはちゃんと七時になっているから大丈夫だ。安心だ。きっと明日もこの家には誰も来ない。でも、それは誰にもわからない。本当にわからないから、きっと話子さんも、みんなも、同じような一日をどうにか迎えることができるのだ。

(了)

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