
話子さんのはなし
滝口悠生
話子さんが毎朝起きる時間は日によってまちまちだった。年寄りだから、早起きである。 午前四時頃に目覚めて体を起こすこともあれば、六時くらいのこともある。平均すればだいたい五時頃が多い。夏ならば五時はもうすっかり日がのぼって外は明るいが、いまは冬だからまだ真っ暗だ。 山間の集落の外れにある話子さんの家の寝室は、一階の南側にある和室である。話子さんは眠るとき雨戸を閉てない。不用心だと思うが、頑とし

作家
1982年、東京都八丈島生まれ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞し、デビュー。15年、『愛と人生』で野間文芸新人賞を受賞。16年、「死んでいない者」で芥川賞を受賞。22年、『水平線』で織田作之助賞受賞。23年、同作で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。「反対方向行き」で川端賞受賞。他の著作に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)『ラーメンカレー』『たのしい保育園』などがある。
へやのかたすみさん
30代、男性、好きな作家:滝口悠生さん、朝比奈秋さん、中村文則さん
滝口さん独特の文体とストーリーで、この作品も楽しく(迷いながら?)読ませていただきました。 死者の視点、と言いましょうか、ひどく曖昧な視点だからこそ、老人の何気ない日常が、こんなにも愛らしく思えるのではないかと思います。他の作品もそうですが、滝口さんの作品を読むと、日々の日常を丁寧に生きたいと思えます。
八朔さん
30代、女性、好きな作家:今村夏子
タイトルがとても素敵で、やられた、と思いました。話子さんの三つのお気に入りのくだりがわたしのお気に入りポイントです。また読みにきます
佐野夕紀さん
性別:いずれでもない、好きな作家:池澤夏樹
話しているのは誰だろうと思いながら、糠床に突っ込む腕や、四十年着たセーターの補修のあとを一緒に見ていました。二階の物置に仏壇が押し込めてあると書かれたところで、ああ、と声が出ました。ずっと、隣に座って読んでいた。 結局誰なのかは教えてもらえませんが、語り手が毎日していることが切実に見えてきます。どこから来て、何をしに来たのかが分からないものを毎日眺め、推測を並べては引っ込める。ただし話子さんは不可視ではありません。全身くまなく見えていて、それでも同定できない。庭で空を仰ぐ彼女のほうが、この家に毎日現れる最大の未確認飛行物体です。 長生きを毛糸にたとえかけて自分で却下する箇所で笑いました。蛇口の一瞬の躊躇を、忘却ではなく朝の祈りかもしれないと言い直すのもいい。そして七時ちょうどの朝食だけは、解いても何にもならないと手を触れずに置いていく。諦めではなく礼儀なのかもしれないと思いました。 話子さんは、誰にも読まれないままあの家に残ります。