
2024年の春、鼻筋の真ん中が腫れた。
最初は何が起こっているのかよく分からなかった。以前から、たまになにかの拍子に小鼻が腫れて固くなり、押すと痛みを感じることはたまにあったから、それと同じようなことなのかなと思った。
私は子どもの頃から、いかんともしがたいアレルギー性鼻炎もちだ。小鼻の痛みについては、鼻炎の診察のついでにかかりつけの耳鼻科医に相談したことがあった。うろ覚えなので、今まさにそういった症状のある方は、これを真に受けずにぜひ病院を受診していただきたいのだけれど、そのときは、鼻の粘膜がアレルギーなどで炎症を起こしているから、小鼻にも痛みや腫れが出ているのではないか、とりあえず様子を見てみましょう、とのことだった。実際、そのうち落ち着いてなんともなくなり、その後同じようなことが起きた際も、だいたい数日でおさまった。
鼻筋の腫れも、似たようなものだろうと放っておいた。最初に異変を感じたのが国内出張の最中で、楽しくも慌ただしく、痛みに構っていられなかったというのもある。
このときの出張の主な要件は、日記のワークショップだった。
私は以前、ブログやnoteで日記を毎日更新していた。まとめて同人誌として頒布していたところ、読んだ出版社の編集者から声がかかって書籍化し、今の職を得た。
そんないきさつから、日記についてのトークイベントやワークショップに呼んでいただくことがある。その日も、ある場所からお声がけをもらったのだ。
集まった方々が持ってきてくれた、それぞれの日記をみんなで読みあう。ある人のなんてことない一日を書き記した日記の内容そのものと、それを他者が読む体験、両方の稀有を尊びあった。
すっかり胸がいっぱいになった。尾骨から頸椎に向かってじんわり温まっていくのを感じる。すばらしい時間で、それはそれとして、鼻筋は腫れたのだった。ありがとうございますと言い、立ち上がりながら顔に手がいき、触って気がついた。
お恥ずかしながら、私はどうも顔を触ってしまう。
コロナ禍に入ってすぐの頃、飲食業を営む友人に「私たち飲食をやってる人間は、衛生がむちゃくちゃ大事だから、べたべた顔を触らないように、パンデミックのずっと前から訓練ができてるんだよね。あなた、すごくよく顔触ってるよ。危ないよ」とアドバイスをもらったのを覚えている。
あの頃は、あちこちで顔を触らないようにしましょうと啓蒙された。ドアノブ、つり革、共有物の押しボタンなど、感染者が触れた物の表面にウイルスが付着している可能性があり、感染源としてのウイルスは、まず手につくことが多い。その手で顔に触れることで、目や鼻、口といった粘膜からウイルスが侵入する。顔を触ることは感染リスクを高める行動だという話だった。
新型コロナウイルスに関して言うと、接触感染よりも空気感染が主な感染経路だと徐々に判明していったわけだけど、あれ以来、無意識に顔を触っていることに気がつくとはっとして、ぎょっと恥ずかしくなる。
腫れた鼻筋を最初に触ったときも、しまった、また顔を触ってしまったと思った。それから、あれ、なんか鼻が腫れている、少し痛い、と気づいた。
放っておけば痛くはなく、触ると痛い。顔を触ってしまうことに、ついにペナルティが発生したかのようだ。
その頃の日記によると、私は出張から帰ってきて数日後、耳鼻科にかかっていた。出張の非日常感がすっかり抜けきっても、鼻筋だけ一向によくならないものだから、きっと怖くなったのだ。
2024/3/25(月) 雨のちくもり
娘は出かけて、春休みの息子も起きてきた。私は午前中のうちに耳鼻科へ。
どういうわけか鼻筋の真ん中あたりが痛い。数日前、押すと痛むくらいの自覚症状が出て、とはいえ困るほどのこともないから放っておいたら腫れて熱をもってきた。ちょっと自分だけで抱えるには荷が重く感じられて病院で診てもらうことにした。
通院というのは、自分だけでは症状に対する不安を抱えられなくなったときに、打ち明けに行くものみたいなところがある。
先生はちょっと困ったご様子で、「中(鼻孔)か外(皮膚)かは分からないけれど、どこかからばい菌が入って炎症を起こしているようだ」と言う。「薬を出すので飲んで様子を見て、腫れがひどくてかゆみなどが出てくるようだったら皮膚科さんに行った方がいいかもしれない」とのことであった。
ばい菌が……どうやって入ったんだ。ぜんぜん分からないし、覚えもないけれど、発症してしまったから受け入れるしかない。
調剤薬局に寄ると、薬剤師さんから「この薬を朝晩2錠飲んでいただきますが、少し眠くなるかもしれません」と薬を渡された。
体に不具合が出て、病院へ行く。治癒へ向けた希望として薬が出る。そこへ立ちはだかるもの、それが「眠気」だ。薬によって様々な副作用があろうとは思うけれど、カジュアルに提示されるものとしてはやっぱり眠気がメジャーで、「出た、眠気!」と反射で思った。
帰ったらすぐに飲むようにと言われた朝の分を、言われたとおり帰宅後すぐに飲む。
となると、どうしても「私は眠いのではないか」とことあるごとに疑って確かめてしまう。霧雨の日だった。寒くはないけれど、雨が降る以上に湿気る空気の重さを感じる。とりあえずはまだ眠くない。
娘は帰宅しており、今日で中学1年生としての通学が終わりだそうだ。息子も高校1年生を終えて、ふたりとも4月から2年生か。
はやい。はやいよね。
しかし「ねえ、待って、追いつけない!」と言ったところでどうなるものでもない。仕方がなく、茫然と見るしかない。
残り物などで昼をすませながら仕事をしていると、娘に「お母さんが着てるそれなに?」と言われた。
ボレロというのだろうか、丈の短いカーディガンで、どういうことか私は最近うなされるようにボレロを駅前の洋品店で3着も買ってしまった、ということを娘に説明すると、娘はぶはっと吹き出した。えっ、ウケた?
「いやだって、いらないでしょう、ボレロ3着」
私も薄々気づいていたから一緒に笑う「いらないよね、ボレロ3着」「うん、1着でいいよ、ボレロ3着は、いらないよ」
こうなると我々はただ「ボレロ3着」と言いたいだけの人たちになる。
午後は子らが出かけていって、それから仕事の関係で珍しく自宅に来客があった。
和やかに打ち合わせを終えお客が帰ったあと、入れ違いで息子が帰宅。自宅にいながらにしてすっかり気分がよそ行きになっていたものだから、よそではない内の人の登場に気持ちがちぐはぐになって調整する。
お客さんは丁寧にレモンケーキをお土産に持って来てくれた。早速息子と私と食べているうちに娘も帰宅して、わけを話すと箱をよく眺め、「箱もショップカードもお菓子自体もすごくかわいい……こういうのを売っているお店を見つけて買って、プレゼントするんだな……」と言った。
はっとする。そう! そうなんだよ。お母さんがその真実に気づいたのは30代をすぎてからだよ。素敵なお店を見つけて手土産にする。娘は、そういう世界の事実を絶え間なく感知して拾い上げ集め続けている。なんて頼もしい。
夜はうきうきした。眠気が出る薬を私は処方されているんだ。朝は不安だったけれど、夜は身を任せて眠るだけだから自信満々で飲む。寝た。
体に不調が起きると、そのことで頭がいっぱいになるものだけど、呑気に娘とボレロの多さの話などしており、思いのほか私は元気だった。おそらく、病院に行って安心したのだろう。鼻筋が腫れた原因が良くわからなかったことも思い出した。小鼻の腫れとは理屈が違ったらしい。先生が皮膚科のことを「皮膚科さん」と敬ったのも印象的だったのに、読むまで忘れていた。
なお、ここで出た薬の種類は日記に記録していなかったのだけど、お薬手帳をあらためたところ分かった。抗生物質と、抗アレルギー薬が出ていた。結構ちゃんとした薬だ。そんな薬をうきうき飲んで、その後私はどうしたのだったか。もう少し、追ってみる。
2024/3/26(火) 雨
(抜粋)引き続き、鼻筋の真ん中が腫れて押すと痛むものの、昨日もらった薬が効いている実感がある。あきらかに腫れがましになって、昨日までぐんぐん前進して陣地を広げていた、押して痛い箇所がぱっと後退した。本気の薬はすごい。普段はサプリメントくらいしか使わないからたまに飲むと心底びっくりする。
2024/03/27(水) 晴れ(抜粋)買い物の帰りがけ、かかりつけの耳鼻科の前を通ったら、ちょうど先生がシャッターを下ろしていた。目礼して通り過ぎたが、そういえば先日かかった原因不明の鼻筋の腫れは、いただいた薬で良くなりました、とお伝えしてもよかったかもしれない。なんでこんなことになってしまったのか、意味が解らず怖い思いをしたが、薬を飲んだら痛みはすぐに引いたし、腫れもよくなって、鼻はじわじわもとの形に戻っていっている。
(抜粋)鼻が腫れたのと時を同じくして足のむくみが悪化して、今週はYouTubeを観ながら足のストレッチをしている。
完璧に薬が効いていた。そうだった。耳鼻科の先生の言うとおり、もし治らなければ皮膚科に行かねばと思っていたけれど、耳鼻科でなんとかなったのだ。先生がシャッターを下ろすのに出くわしたのは、なんだか腫れがおさまるメタファーのようではないか。こういうことがあるから現実はやめられない。
ただ、むくみが悪化したのは良くない予兆でもあって、日記を振り返り続けていたら、この数日後に不穏なことが起きていた。
2024/03/31(日) 天気記録忘れ
昨日の夕方くらいから、おへその右下が少し痛い。しくしく、というのか、やや、きりきりもするような痛みで、今朝になっても良くも悪くもならなかった。ずっとじんわり痛い。
不思議だったのが夜中で、寝られてはいるけれど、それはそれとして、ずっと痛いのは感じていた。寝ているというのは気を失っているみたいに、その間の意識がないものだと私は思っていたのだけど、そうじゃなくて、現実と接続しながら眠るということができるのだ。ちゃんとずっと痛みを現実として感じ取りながら、けれど寝ている状態だった。
それにしても、お腹の右下というと、もしやあの有名な盲腸ではないだろうなと思えておそろしい。病状はネットで検索するな病院に行けという、いにしえの教えがある。検索すると、絶望的な結果ばかりが出てくるから。けれど、やっぱりどうしても検索してしまう。
それによると、盲腸=虫垂炎というのは、まずみぞおちのあたりが痛くなって、それから徐々にお腹の右下に痛みの位置が移動し、そこから一気に痛くなることが多いらしい。早合点は危ないが、ちょっと私のとは違う気がする。
日曜日で近所の内科は休みだし、痛みも弱いし、様子を見るかと思いながら、朝食に食パンとトマトを食べて(ものはぜんぜん食べられる)、食後にアイスまで食べていると、息子が起きてきた。
(アイス食ってんね)と口パクで、なにか悪いことをしているかのように言うものだから、「食べてるよ」と声に出して堂々とした。
昨日に引き続き暑いくらいの日。日差しも強い。
やらねばやらねばと思っていた掃除機のフィルターの掃除をベランダに出て実施したところ、とんでもなくほこりがたまっていた。きれいにしたら吸い込み具合が一気に改善し、おもしろがってあちこち掃除する。
掃除しながら、駅の向こうに日曜日も普通に朝から夜まで診察をする内科ができたのを思い出した。平日に休む代わりに土日に開ける病院で、開院したとき、それは助かるなあと思うだけ思っていたんだ。
調べると、午前の受付終了まであと1時間はある。やっぱりどうにもずっと痛いしなと、思い切って駆け込むと、日曜日で混んでいるかもと思ったのがそうでもなく、むしろ空いていた。すぐ診てもらえて、虫垂炎ではなさそうで、軽い大腸憩室炎ではないかと、薬を出すから飲んで様子を見てくださいとのことだった。
そういえば、このあいだ鼻筋が腫れて、今度はお腹で、なんだろうこれは。考えつく原因は疲労くらいしかない。確かにちょっとスケジュールをミスして忙しくはあった(にしても、毎日8時間は寝ている)。
疲れがたまったときに出る症状といえば、だるいとか、肩とか腰が凝るとか、胃腸の調子が低下するとか、あとは精神的に落ち着かなくなるとか、そういうのだとばかり思っていたけれど、現実は鼻が腫れて、大腸のくぼみに糞便が溜まって(と、大腸憩室炎についてある大学病院のサイトに書いてあった)炎症を起こすのだ。現実の想像のつかなさよ。
病院の待合室では大きなテレビで『アッコにおまかせ!』が映されていた。和田アキ子を久しぶりにみた。
いつも行く調剤薬局は日曜日が休みだから、病院の隣にある薬局で薬をもらった。処方箋1通につき1個ヤクルトをくれるのだそうで、冷蔵ケースからひとついただいて飲んだ。(後略)
なんと、鼻筋の腫れが治まってすぐ、お医者にかかるレベルでお腹が痛くなっている。
お薬手帳を確認したところ、耳鼻科で出してもらったのとは別の抗生物質が出ていた。翌日の日記には、寝て起きたら朝にはすっかりよくなっていたと書いてあった。鼻筋についての記述もこの後は見当たらない。治ったのだろう。
「思ってたのと違う」という言葉がある。
一般的な表現ではありながら、M-1グランプリの2008年に漫才コンビの笑い飯が敗れた際、コメントを求められた西田幸治さんが「思てたんと違う」と残したことで、一部のお笑いファンから注目を集めた言葉だ。日頃あまりに身に覚えがあるものだから、私もはっとした。
2024年春のこの出来事のあと、私の体と心には、そんな「思っていたのとは違う」不調が、なんとじわじわと増えていった。さては、加齢が関係しているな。鼻筋が腫れた私は当時45歳で、今は47歳だ。若さでぎりぎり抑え込んでいた、思っていたのと違うさまざまな不調が体中からもれ出はじめたのだ。
ただ、鼻筋が腫れたり、お腹が痛くなったりしても、薬を飲んだら治るくらいのことだから、「思ってたのと違う」と慌てた割には、どうしてもすぐに忘れてしまう。
それよりも、骨密度が一気に落ちたり、お酒が翌日ぜんぜん抜けなかったり、もともと弱い肌がさらに軟弱化したりといった、わかりやすい加齢の不調のほうがずっと過激で、そっちに気を取られる。
小学校の入学前、4歳とか5歳くらいのことだと思う。母が牛乳パックを開ける瞬間を見逃すまいと、私はずっと緊張していた。最初の一口を、絶対に飲むためだ。
最初の一口に一本の牛乳の味が詰まっているように感じ、味わい逃さないようにしたかった。
母は日々、決まったメーカーの牛乳を購入しており、牛乳の種類が違うわけではない。でも私は、牛乳一本一本を固有のものと信じて、最初の一口には必ずや違いがあると信じていた。
味わって差異を確かめるためというよりも、コレクションの一環として、最初の一口を集めていたのだ。
それくらい差のなさそうなものを、しかも味わい比べるのではなく集めようと執念を燃やす。
これは、日記にこだわって、なんでもない日々も絶対に書きとめて残しておこうとする意欲にそのままつながっていると思う。
幼少期の意気のまま、私はこれまで日々の些末な事々も執念深くコレクションしてきた。この連載では、蒐集したなかから思わぬ不調のことを振り返りいつくしんでいきたい。
体調だけではなく、さまざまなままならなさに目配せしよう。普段は人に話すこともなく、埋もれていってしまうばかりのささやかな不調も、私たちは案外細かく乗り越えている。
(了)
疲れて鼻筋が腫れ痛い、思てたんと違う