
「SNSをやってるやつは全員カスでごみくずで死んだ方がいい」と僕はSNSに書き込むためにキーを叩いた。そのSNSは、いずれ火星に行くという馬鹿が買収して、名前を変更したXであり、以前はTwitterと称していたものだ。
「なぜ全員カスでごみくずで死んだ方がいいのか。事細かに説明するのもばかばかしいが、まず言えるのは、人生が充実していている人間ほどこんなものにかまけているはずはないからである。それで、はびこっているのは宣伝宣伝宣伝。あるいは自己顕示欲承認欲求自己満足の塊で、読む者のことなど実のところなあんに」
とそこで文字数制限が来て書けなくなった。
僕は一度そこまでをpostし——火星野郎のせいで元々はtweetと呼んでいたその行為も、今ではpostと呼ばれている、呼ばなければならない! 人の行動の呼び方すらもこの超高度資本主義社会においては、金で変えられてしまうのだ。今後ますます我々の行動が、ネット上で行われるとして、その内に一挙手一投足のすべての行為が超金持ちの気分一つで変えられるのであろう。
——ああ、今日からその「見る」という行為は、「視る」と表記することに変わったよ。そう、今まで君たちが使っていたサービスを僕が買収したからね。
——ああ、今日から自分の意見を述べることを「お気持ち表明」に変えたよ。そう、だって、個々人の意見なんてすべて、「あなたの感想」に過ぎないからね。だからうちのサービスを使う以上はすべての発言にこう自動表示されることに決まったよ。「と、お気持ち表明」「と、お気持ち表明」「と、お気持ち表明」
それが嫌なら、サービスを使わなければいい、とやつらは言う。そしてそれと同時にそれなしでは生きていけないようにするために最善/最悪の努力を続けるだろう。天才科学者がAIの開発競争に警笛を鳴らしても、誰もチキンレースから降りようとしないのと同じように。
だから、僕がこうやって警笛を鳴らすしかないのだ。
「SNSをやってるやつは全員カスでごみくずで死んだ方がいい」
それは、自分で自分の手足を縛るものだから。インプレッションがすべてのSNSの世界では、最後には結局全部が喧嘩になっていく。だって、それが一番インプレッションを稼げるからね。そうして、どこもかしこも喧嘩だらけ、言葉と言葉で殴り合って、それをにたにたと眺める奴らは、自分は何も搾取されてないつもりで、少しずつ自分の未来が吸われていることがわからない馬鹿だらけ。
僕はpost/かつてのtweetの続きを書こうとして、何も思いつかずに結局消した。全部を消した。なぜなら、こんなpost/tweetはバズらないとわかったから。そんな一貫性のない僕の名前は「家系ラーメン全制覇」。名前の通り、家系ラーメンを全制覇という夢を描き、そして敗れた男。
このアカウントを開設したのは、twitter時代だった。
まだ牧歌的な時代だった。
最初の投稿を今でも覚えている。
「家系ラーメン、ナウ」
これが、最初の投稿で、直接の知り合いから10個ぐらい👍がついた。
「どこの家系ですか?」
と見知らぬ人から聞かれ、僕は店舗名を答えた。
また👍がつき、
「あ、そこ気になってました」
とコメントもあって、僕も👍を返した。
それから、家系ラーメンを食べる度に投稿していき、段々と👍もフォロワーも増えてきて、楽しくなってきた僕はアカウント名を「家系ラーメン全制覇」に変えたのだった。
そんな名前にしたものだからか「家系ラーメンってなんですか?」というあまりにも初歩的な質問をされることもあった。
僕はネットで検索し——検索するだけでAIが勝手に概説をよこすなんていう無粋なこともまだなかった——、知識を補強してダイレクトメールで説明してあげた。
「家系ラーメンとは1974年に、横浜で吉村さんという方が開いた「吉村家」という店を源流に持つラーメンの総称です。九州の濃厚な豚骨ラーメンと、関東の醬油ラーメンをミックスしたものを作ればうまいはずだ、そんな直感を得て作ったものだとされています。この発想を元に試行錯誤をすすめ独特な「豚骨醬油ラーメン」が完成しました。
そのラーメンは目論見通り評判になり、吉村家で修業を積んだ弟子たちが店を出す際「〇〇家」と名付けたことから、「吉村家の系統」という意味を込めて、「家系」と呼ばれるようになりました。
最初は吉村家から認められた直系しかなかったのですが、近頃はそこからさらに派生した家系も増えてきて店舗数も急増してきています。
そうは言ってもですね。僕は自分のアカウント名に恥じぬように、文字通りの全制覇を目指すつもりですよ! 食べたものはここでじゃんじゃんtweetしていきますんで、乞御期待!!」
そんな具合にダイレクトメールを返していたのも今は昔。当時は、本当に一店舗ずつ点数をつけて、ゴールド家系ラーメン、シルバー家系ラーメン、ブロンズ家系ラーメンの三段階で独自の格付をしていたりもした。
当時のまま、御三家を含む直系、さらにそこから派生した派生系の二系統だけなら、もしかしたら実際に全制覇は可能だったかもしれない。
だが、正直言って今となってはもう無理だ。なぜなら、第三の系統、チェーン系が生まれたからだ。家系ラーメンの流行と、それに伴うコモディティ化によって、それに目を付けた巨大資本が、家系チェーン展開を始めた。今や都内の主要駅にはたいてい家系ラーメンが店舗を構えている。たぶん新宿駅だと10店舗ではきかないぐらいの数があるだろう。チェーン系なら、どこかの店舗を訪問すれば達成というように基準を引き下げれば全制覇も可能かもしれない。しかし、そんなことで、果たして全制覇と言えるのかどうか。
悩んでいる内に、静かに赤く燃えていたモチベーションがすっかり消え失せていることに気づいた。そして、僕はtwitterを更新することはなくなり、やがてtwitterがXに変わり、わずかに残っていた余熱も消え失せた。フォロワー数は9867人残っていたから、未だにダイレクトメールが来ることがあって、気が向けば絡むこともあったけれど、ここ半年ほどはそれもなくなった。
フォロワー数9867人。
絶妙な数だ。芸能人でもインフルエンサーでもない、ただのラーメン好きのアカウントとしては決して少なくない。かといって、フォロワー数をてこに、何らかのビジネスをするほどの数でもない。これまでこれと言って輝かしいことのなかった自分の人生において、1万人近くの人間にフォローされることはやっぱり少し誇らしい。
——今日は君をヒーローにしてやるよ
耳元で囁かれたように、そんな台詞が浮かんだ。それはいつかの記憶だ。そうとはわかっても、いつ、どこで、誰にそんなことを言われたのかは浮かんで来ない。
——そんな下らないことで落ち込む必要なんてないよ。大丈夫、僕の言う通りやれば、君は今日は得点王になれるよ。ハットトリック、いくよ
ハットトリック? と僕は幻聴のような過去の記憶、そのリフレインに思わず反応する。もちろん、声には出さずに、心の中で。
ハットトリックはサッカーで1試合で3得点を挙げることだ。でも僕はサッカーなんて、中学の部活動以降一度もやっていなかった。部活動でもずっと補欠で、出られた試合は数えるほどしかなかった。
と、そこまで考えて、僕ははっと思い出す。
ハットトリックとまではいかなくても、練習試合で1得点挙げたことがあることを。ほんの小さな波ではあったけれど、実際に僕が少しだけヒーローになった時のことを。
*
私立文系の大学を卒業して、入社したのはいわゆるブラック企業。今はその会社は存在しない。ブラック具合があまりにあまねきため、労働環境がネットで共有され、高い離職率を賄えるだけの求職者が集まらず、やせ細り、朽ちていった。多くの栄養を必要とする植物が、土壌を枯らし、やがて自分も枯れていくように。一種の自然淘汰だ。
僕も一種の自然淘汰にあったと言っていいかもしれない。ブラック労働に耐えきれず、体調を崩して倒れ、使い物にならなくなったと判断されてか、やんわりとした退職勧告がなされ、それに従った。今は定時であがれる文具メーカーに勤めている。働きながら家系ラーメン全制覇を目指したが、夢破れ、その後は東京の街でただ生きているだけになった。今のところなんとか生活は成り立っているが、このところのインフレに給料の上昇が追い付かなくなったら、どうなるだろう? もし配偶者がいたならば、お互いの給与を持ち寄って何とかなるのかもしれない、ちゃんとした友人でもいれば、ルームシェアでもすればいいのかもしれない、けれど僕はもうずいぶん前からまともな人間関係を結んでいないのだ。顔見知りはいるが、恋人はおろか友人もいない、ただ一人で東京を回遊するだけの人間だ。
まるで死滅回遊魚のように。
ある時、そんな比喩を思い浮かべてしまった。言葉は薬になる。誰かにかけられた言葉、自分の芯の部分から湧き上がった言葉を支えに戦地を生きることだって出来ることもあるだろう。
けれど薬になるものはもちろん毒にだってなる。
死滅回遊魚。
僕はどこでその言葉を知ったのだろう? 僕には何もないけれど、時間と電波だけはたっぷりとあるから、年々水量を増す海のようなインターネットの中、大きなまどろみの比喩のようなそれに、いつもどっぷり浸かっていられるから、気が付けば毒も薬も大量に手にしている。きっとそれらは同じものなのだ。
暖かい海域で暮らしている魚が暖流に乗っかって、本来は生活できない水温の海域へと運ばれていく。そのことを死滅回遊と言って、運ばれていく魚がつまりは死滅回遊魚。ネットの海の中でいつの間にか手に絡まっていたその言葉、当初は自分とはまるで関係ないと思っていた。それはそうだ、僕は魚ではないし、死んでもいなければ、着々と寿命へと近づいていっていることを除いては、不慮の死へと近づいているわけでもない。
けれど、ある日、いつものルートで職場に赴き、いつもの選択肢の内から昼食を選び、いつもの時間に仕事を終え、いつもの選択肢の中からしょうもないコンビニ飯を安酒で胃に流し込み、またネットの海に浸るころに、ふっと死滅回遊魚という言葉が浮かんだのだった。
水温が、下がっていた。ぬるま湯というほどに暖かなものではなかったが、東京とその暗喩としてあるネットの海の水温は冷え、いつからか僕の体力を奪い始めていた。そして僕は直感してしまった。
これからどんどんどんどん水温がさがっていく。
暖流に乗せられて間抜けにも回遊してきた魚には近いうちに耐えられなくなるだろう。
こっちは腹くくってやってるんで、絶対曲げられねえんだよ
もう彼はオワコンだと思うんですよね
炎上してなんぼでしょ
あたし、あの子のこと認めてないっていうか、ほんとのこと言って嫌いなんですよね
それってあなたの感想ですよね
ルールなし! とにかく1分間、殴り合って、立っていた方が勝ちです
嫌い、嫌い、嫌い
勢いがすべてなんでね、再生回数100万切ったら終わりでしょ
薬打ってでも痩せよ💛 そしたら、回収なんてカンタン💛
それってあなたの感想ですよね
死滅回遊魚の中で、稀に新たな水域で生きていける個体が生まれることがある。自分がそんな特別な個体であることを証明するみたいに、誰もが殴りあっている。
僕はがたがたと震えている自分に気づく。
僕は間違いなく、これからの冷え込みに耐えられない個体だ。このままの調子で生きていけるだなんて、そんなことを思っていたことが勘違いだったのだ。これまではただのサービスタイム、あるいは猶予期間、いよいよそれが終わって、東京とその暗喩のようなネットの海と、ネットの海に浸されたこの国全体の水温がどんどん下がっていって、そうして死滅が始まる。
——今日は君をヒーローにしてやるよ
また、あの声だ。
——そんな下らないことで落ち込む必要なんてないよ。大丈夫、僕の言う通りやれば、君は今日は得点王になれるよ。ハットトリック、いくよ
*
もう何年前のことだ?
前世より遠く感じるあの頃、僕は中学生だった。健康体の男子は全員が運動部に入ることが半ば義務付けられた中学に入った僕は、やったこともないサッカー部に入った。
それなりに練習には精を出した。あの時代、あの地方では、運動部に入らないこと、入ったにもかかわらずそれなりに精を出さないことは、落伍者になることを意味していた。けれど、そもそも運動神経が鈍く、特に球技がからっきし駄目な僕は、どれだけ努力したところでレギュラーメンバーにはなれるはずもなかった。別にそれで悔しいという感情もなかった。そう、僕はまさに義務を果たしていただけなのだ。あれは、まったく納税と同種のことで、僕たちは若さと労力をあの活動に収めていたのだ。スタミナがつかないから練習中は水を飲んではいけないとされていた時代のことだ。
練習試合にはたまに出ることができた。それも、数えるほどだったけれど、公式戦では、一切僕の出番はなかった。弱小チームだったから、公式戦の回数自体も少なかった。
しかしそんな弱小公立中チームに転機が訪れた。僕が二年生の頃だった。一人の転校生がやって来たのだ。彼の名前は、久住澄也と言った。学年途中の転校生はその理由をいろいろと噂されるものだ。御多分に漏れず、彼も噂話の標的になった。東京からやって来たということも、常に苛立ちを身の内に閉じ込め、むしろ苛立ちこそが本体だった中学生の恰好の餌になった。
東京からやって来た久住君は、成績が良く、高身長で、ミステリアスだった。そんな彼が転校してきたのは、東京の中学で問題を起こして通えなくなり、母親の実家に左遷的に転校させられたらしいから、というのが噂話の骨子だった。どういう問題を起こしたのか、その点はいくつかのパターンがあった。付き合っていた彼女を妊娠させたらしいとか、ひどい喧嘩をして相手に一生モノのけがを負わせたらしいとか、先生に反抗して鉄パイプで頭を殴り流血させたとか、本当にいろいろだ。そんな噂がなぜ発生するのか、メカニズムは未だにわからない。
久住君が良いのは、成績や見た目だけではなかった。そんなことも霞むくらいに性格がよかった。休み時間中に、苛立ちが服を着て中学生としての形を成していた同級生の一人から、この町への転校をいじられて、転校してきた理由は両親の離婚であるとはっきり言った。いじって来た相手をたじろがせ、しかし、そのたじろぎが恥にならないようにふわりと包み込むような雰囲気で。久住君は相手に言葉を飲み込ませる圧力と魅力を兼ね備えた笑みを浮かべ、「でも、僕なんかのことを気にかけてくれて嬉しいよ、ありがとう」そう言って黙らせた。
性格の良さと張るくらいに久住君の優れた部分がもう一つある。
それは、とにかくサッカーがうまいことだった。
たった一人チームに加わっただけで、チーム全体が様変わりするなんて。
そんなのは漫画の世界の出来事だと僕は思っていた。けれど、実際にそんな魔法みたいことがサッカー部では起こった。
久住君は前の学校でもエースだったらしい。エースと言っても、エースストライカー。つまり10番ではなく9番のセンターフォワード。転校してきた最初の月は、どの部活にも入らずに、授業が終わったら彼はすぐに帰宅していた。僕は隣のクラスだったから、授業中彼がどんな佇まいだったかは知らないけれど、終業のチャイムが鳴って、ほどなくして玄関への通り道となる僕の教室の脇を速足で通り過ぎていく横顔を今でもよく覚えている。
サッカー部に入って来たのはだから、転校してきた翌月のことだ。みんなの前で、顧問の先生から新メンバーとして紹介され、その場でポジションを聞いた。
「前の学校では9番、センターフォワードをやっていました」
久住君が言うと、少し周囲がざわついた。今9番をつけていたのは次にはキャプテンになることを見込まれている門本だったから。門本は1年の時から既にレギュラーメンバーで、左ウィングをやっていた。チームの特性にもよるけれど、左ウィングといえば、センターフォワードに次ぐ攻撃の要だ。相手の盲点を突いて切り込んで、攻撃に意外なアプローチを加えることを期待される。門本は、1年の時に見事にその期待に応え、2年に上がったタイミングで、センターフォワードになった。
門本と久住君、この二人がどういういきさつで、最終的に門本がもとの左ウィングに、久住君がセンターフォワードに収まったのかは、僕みたいな万年補欠のモブキャラにはよくわからない。予想できたのは、いじってきた相手をマイルドにやり込めた時のように、久住君がその実力と柔らかな空気感で納得させたのだろう。左ウィングに再コンバートになった門本も、生き生きとプレイしていた。
久住君はセンターフォワードではあったけれど、ちょっと変わった動き方をした。練習試合ですらない学校内での紅白戦で同じチームになった時、僕はディフェンダーのポジションだったのだけど、気が付けば彼が僕のすぐ目の前まで下がっていることがあった。一番前に出て、得点に絡むことが期待されているはずなのに、彼はどこ吹く風というように後ろに下がり、かと思えば、いつの間にか前線にいて得点に絡んでいることもある。
ある日、僕はこぼれ球を拾って、コートの敵陣の方向に9番を探すけれど、そこにはいない。
「いいから、前に出して!」
とそんな声がどこからともなく聞こえて、僕は言われるまま不在の9番にパスを出す。すると、どこからともなく9番が現れて、山なりの僕のパスを受け取って、左右のウィングと連携し、敵の守備を翻弄し、気が付けば相手のゴールネットが揺れている。
どこからともなく現れる神出鬼没の9番。
下がりぎみのセンターフォワード。
久住君だからできる独創的なサッカー、だと僕は思っていた。
当時、そんな在り方に名前はなかったけれど、いつからか名前がついていた。
本来いるべきところにいないエースストライカーを、いつからかサッカー中継なんかではこう呼ぶようになっていた。
偽の9番。
あれから随分時は経ち、僕はすっかり中年だ。当時は当たり前ではなかったインターネットが馬鹿みたいに発達して、知りたくないことも知ることになる。
久住君の消息を知ったのは、ちょっとした出来心だった。偽名で登録したFacebookで、まだ記憶に残っていた中高時代の同級生を一人ひとり検索していったのだ。きっとそう少なくない人が同じことをやっているに違いない。
たいていの人間は、あの頃の延長線上に生きていた。突飛な現状に見えても、よくよく彼らのポストを見ていけば、あの頃の癖がそのままか、それを原材料にした発酵食品みたいになっているだけなのだとわかる。
三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
だとしたら、もちろん久住君は、あの中学からではちょっとびっくりするような大学を出て、誰もがうらやむようなJTCか、もしくは穏当な外資系の会社にでも入り、まともな人間が結婚するという27歳あたりで高校か大学の同級生、あるいは会社の同期辺りと結婚して、子供は一人か二人、嫉妬を煽りそうな現状なのに、あの笑顔でマタドールみたいに妬み嫉みの角を生やした人を華麗にかわしているだろう。
僕はFacebookに彼のフルネームを入れた。リアルが充実している奴ほどSNSには登録しておらず、利用もしていないというから、もしかしたら、検索しても出てこないかもしれないと思いながら、
久住澄也
と文字を打ち、エンターキーを押した。検索結果は一つだけ。もちろんすべての日本人がFacebookに登録しているわけではないから、1億を超える日本人の中で同姓同名が一人もいないとは限らない。それに、表示されている久住澄也があの久住君だとは限らない。僕はウィンドウに表示されているその名前をクリックした。
すぐにわかった。間違いなくそれは、あの久住君だった。そして、久住君は高校で別れてから、僕が想像したのとそう遠くない人生を歩んでいた。想像と違ったのは、彼がもうこの世から去っていたことだった。白血病らしかった。
奥さんが書いていたポストによれば、医療技術の発達で、生存確率は決して低くはなかったそうだけど、久住君はその少数派の方に振り分けられてしまった。彼は生涯を閉じる瞬間まで、残していくことになる奥さんや子供のことを気にかけていたそうだ。
天は何物も彼に与えた。中には余計なものも。
*
「今日は君をヒーローにしてやるよ」
と久住君はリフティングをしながら言った。
「この試合、皆が負けると思ってるだろ。そういうシチュエーションって、なんか燃えるよな」
そりゃ負けると思っているに決まっている。久住君以外のレギュラーメンバーのほとんど全員がインフルエンザで休みなのだから。それで、僕に重要なポジションが回ってきているくらいなんだから。
「なんかカラオケだったらしいじゃん。聞いた?」
「うん。みんなでカラオケ行って、それで感染したんでしょ。僕は呼ばれていなかったから。久住君は?」
「僕は、ちょっと用事があって」
久住君はやっぱり誘われていたんだ。インフルエンザに罹りたいなんて全く思わないけれど、仲間外れにされていることに僕は単純に傷ついた。僕がインフルエンザになって、休んだとしても戦力ダウンにもならないのだし。
「そんな下らないことで落ち込む必要なんてないよ。大丈夫、僕の言う通りやれば、君は今日は得点王になれるよ。ハットトリック、いくよ」
この日のメンバーは久住君以外は僕も含めて全員が補欠だった。練習試合とは言え、地区予選も近かったから、相手は本気だった。
9番を背負った久住君はセンターフォワードなのに、いつものようにピッチをあっちこっち駆け回った。けれど、うちのチームはボールポゼッションが弱すぎて、攻撃のタイミングがあまりになく、前半戦も半ばを過ぎると、ほとんど彼は後ろにいた。
久住君がサインを送って、顧問にタイムを取らせた。
「たぶん、もうすぐチャンスが来る」と久住君は断言し、頷いた。「向こうは油断しきってる。僕も守備に完全に徹していると思っているだろう。次、プレイを再開して、僕がボールを奪ったら、まず君にパスをする」
久住君が僕に頷きかけ、僕も頷いてそれに答えた。
「で、君がボールを持ったら、何も考えずに、前の空いているところに思いっきり蹴って、そっから、前にダッシュしてくれ。その後の展開は臨機応変にいくけど、僕が決めにいくか、もう一回君に回すか。もし回ってきたら、とにかく体にボールを当ててくれ。顔でも尻でも顎でも腹でもなんでもいい」
「手以外なら?」
僕が言うと、久住君は意外なことを言われた時のように、きょとんする。そして、ふっと笑った。
「そう、手以外なら」
それから、二十数年が経ち、僕は消してしまおうか悩んでいるアカウントを見つめている。
フォロワー数は9867。家系ラーメンのレビューをやめてから、時事ネタtweet/postをRetweet/Repostして、冷笑を浴びせたりしていた。あるいは自分でニュースを貼って、冷笑tweet/postを作った。的確な冷笑を浴びせられたら、それがRetweet/Repostされていった。どんなニュースであれ、ちょっと独特な視点を加えると、冷笑を浴びせることができた。
これまでで最高、5万いいねがついた。全然違うことだけど、僕はサッカーのパスを思い描いていた。どうと言うことないボールを、僕がアレンジを加えてパスを出すと、それは七色に輝いて、ゴールへと向かって飛んでいく。
積みあがっていくRetweet/Repostの数、その通知音に僕は恍惚となった。ボールの軌道は罵倒と罵声と喧嘩と苛立ちと無関心に彩られている。
また今日も僕は一つ万バズを生んだ。
そのtweet/postが伸びていくのを眺めながら、僕は今はもうこの世にいない久住君のことを思い出す。
敵のボールを久住君がカット。
そして、手はず通りに、僕にパスが来る。
僕はそれを奇跡的にうまく受け止めて、前を向く。
いつもはピッチの中で起こっていることはただのカオスに見えていたのに、久住君から言われていたからか、前の、開けているところを自然と探す。そこへのルートがまるで蛍光マーカーで線を引いたように見えた。僕の体が自動的に動く。そしてボールはその線の通りに動く。
すると、視界の隅から、9番が、その番号を背負った久住君がかけあがる。物理法則を無視するような早さで久住君はボールに追いついて、言われるまま、前へ前へと走っていた僕に向けてパスを出す。 当てろ! と久住君が叫ぶ。
僕の冷笑tweet/postが飛んでいく。僕は誰よりもうまく憎悪を誰かにパスすることができる。
僕は多分間違ったことをしている。
だから、僕は消える。僕こそ消えるべきだ。9番を背負ったまま後方に。そして、本当に必要なボールが来た時に、あの時の久住君のように、ピッチを駆け上がり、ゲームを支配する。
さようなら、9867人のフォロワーたち。
僕はしばらくここから消えるよ。
エースナンバーとともに。
(了)