連載作品作品作家読者の言葉
読者の言葉作家作品連載作品
XInstagramTikTokYouTube
U-NEXT
WEB文芸誌 文学茶釜(何が出るかな)
  • X
  • Instagram
  • TikTok
  • YouTube
U-NEXT

© 2026 U-NEXT Co., Ltd. All rights reserved

Cover Illustration: ©Shishi YamazakiCharacter Illustration: ©DAISUKE KONDO

急に浴衣を縫い始める
#日常#暮らし#健康#趣味
エッセイ2026/09/09

母と娘のバケットリスト

急に浴衣を縫い始める

こだま

試験前になると勉強そっちのけで急に部屋の掃除を始める人がいる。私は昔からその手のタイプだった。部屋をきれいにしたら集中力が上がるとか、そんな立派な理由ではない。単純に目の前のやるべきことを先送りし、反射的に逃避する癖がついているのだ。
二〇二六年の私はいつになく原稿に取り組んでいる。新刊や寄稿のタイミングが偶然重なったのだが、その裏には、持病の痛みで身体が思うように動かない日が増えてきて「できるうちにやらなきゃ」との焦りがあった。
だけど、元から筆の遅い私が依頼をスムーズにこなせるわけがない。書いては消す、しばらく悩む。その繰り返しでなかなか前に進まない。その結果、締め切りがいくつか重なり、動悸が激しくなる。

そんな今年の六月、原稿が行き詰っていた時期に「手作り浴衣」のサイトを見つけてしまった。ミシンを持っていないので裁縫の世界には深入りせずにきたけれど、浴衣や着物は手縫いが基本だという。
知らなかった。じゃあ作れちゃうじゃないか。
次の瞬間には生地の通販サイトを開いていた。こういう動きだけは異様に速い。もうだめだ。こうなったら止められない。私は私のことをよくわかっている。
数時間後には染め方に難のある「訳ありセール」を発見し、格安の反物を購入した。十二メートルもの長さの布を手にしたのは生まれて初めてだ。確かに色の濃淡に差はあるが、気になるほどではない。一枚目の浴衣は練習だと思って気負わずハサミを入れた。きょうは裁断だけでやめておこう。そう思っていたのに、切り終えて部位を並べたら、縫ってみたくなった。当然こうなることも予想していた。
近くの物が見えにくくなり、針に糸を通すだけで苦戦する。かれこれ十年くらい前から、針穴の上に糸を押し付けるだけで通るワンタッチ型の便利な針を使っている。だが、老眼が進んだようで、久しぶりにやってみると針そのものがぼやけている。小学生の頃、家庭科の裁縫セットに入っていた銀色の「糸通し」を「こんなの誰が使うんだよ」と鼻で笑っていたが、今はこれさえうまく扱えない。最終的に拡大鏡のお世話になった。わかりやすく老いている。

まずは背中や脇の直線を縫い合わせていく。ひたすら縦に長い。嫌な予感がしていたが、数十センチ並縫いした時点で右指が赤く腫れてきた。持病の関節リウマチが悪化する前触れである。信号が点滅するように「そろそろやめなさい、大変なことになりますよ」と熱を帯びている。生地に少し厚みがあり、針ですくい上げる際に力がいるのだ。ただ真っ直ぐ縫うだけならできると思っていたけれど、今の私には難しいのかもしれない。でも、あと少しだけ。全体をざっくりとつなぐところまで。好奇心が勝り、痛いのにやめられない。結局その晩のうちに襟と袖も縫い付け、粗さが目立つものの完成にこぎつけた。指が不自由でも、やればできるじゃない。私は喜びを嚙みしめ、カーテンの隙間から明けてゆく空を見上げた。
大変だったのは、ひと眠りしたあとだった。両手がグローブのようにごわごわに膨らみ、関節が曲がらなくなっていた。歯磨きも洗顔もできない。とりあえず薬を飲もうとするが、錠剤をプラスチックのシートから外し、口に入れるという簡単な動作すらままならない。パソコンも開けず、原稿どころではなくなっていた。
そうだった、翌日こうなってしまうから次第に行動を制限するようになっていたのだ。やってみたいけど手が腫れるだろうな。調子悪くなるだろうな。熱も出るだろう。あとからじわじわ押し寄せてくる痛みを想像すると、新しいことに挑戦するのが億劫になる。特に細かい作業は避けるようになっていた。決してできないことはないが、結果的に「やめとくか」となる。
担当医からは無理のない範囲で適度に動かすよう言われている。痛いからと言って動かずにじっとしていると関節が余計固まってしまうらしい。でも、ゼロか百かという極端な動きをしがちな私には「適度」の塩梅が難しい。

指の腫れは数日続いたが、懲りるどころか、気付いたら次の浴衣の生地を選んでいた。作り上げる楽しみを思い出してしまったのだ。
中学生の頃、裁縫に没頭していた時期がある。リボンや髪飾りは黒か紺色のみという校則があり、家にある黒い生地でリボンの形をしたバレッタを自作していたのだ。髪留めの器具は手芸店でまとめ買いしていた。同級生に頼まれて作ることもあり、私の密かな趣味となっていた。縫っているあいだは無心でいられた。テスト勉強も人付き合いの悩みも、その時間だけは忘れられた。
手芸店のサイトを見ているうちに、ミシンをレンタルできることを知った。ミシンがあればこんなに手を痛めずに済んだのか。少しずつ適度に縫うという教訓よりも、私はそっちに心がなびき、ミシンのことで頭の中がいっぱいになった。よくない兆候である。原稿はどうした。締め切りもうすぐだろ。そんな問い掛けが不能になる。
さっそく家電量販店に足を運んで実物を見てみると、レンタルするくらいなら型落ちの安くなったミシンを買うほうがお得だった。夏の大セールの文言に背中を押され、最低限の機能を備えたシンプルなミシンを購入した。確実によくないほうへ進んでいる。

夏が近付くたび、浴衣を着てみたいという憧れは常にあった。でも、買っても着る機会がほとんどない。そもそもひとりで着られない。売り場を遠くから眺めて「いいなあ」と見惚れるだけ。そんなことを繰り返していた。
だけど、二年前の夏のトークイベントで対談したエッセイストのササキアイさんが浴衣を素敵に着こなしているのを拝見し、そうか、お祭りじゃなくても着たいときに着ればいいんだ、と当たり前のことに気付かされた。思えば、その日から私の浴衣熱はじわじわと高まっていたのだ。
最後に浴衣を着たのは小学校六年生。地元の盆踊りだった。ほぼ客の入らないような呉服店で、ほんの数種類の中から選ばなければならず、いつまでも悩む私の横で「どれを着たって一緒でしょ」と母が苛々していた。白地に藍と赤の花が描かれた浴衣を選んだ。ありきたりな柄だ。この中なら、これがマシかなという程度で、気に入ったわけではなかった。
現在、再び故郷で暮らしているが、地元になければネットで買えばいいし、作ることもできる。あの頃の満たされなかった思いが今になって噴出しているのかもしれない。
二枚目の浴衣はひとりでも簡単に着られるように、上下が分かれた「二部式浴衣」にした。下はスカートを穿くように、上は作務衣のように気軽に着られる。それにしてもミシンの力には感服するばかりである。あの指の痛みはなんだったのか。私のような者こそ文明の利器に頼るべきだと痛感した。
故郷の盆踊りに、完成したばかりの浴衣を着て出かけた。和太鼓の力強い響き。夏草の湿った匂いが充満する夜道。閑散とした道を彩るカラフルな豆電球。私は何をするでもなく、屋台のかき氷を食べ、その辺をぶらぶら歩いた。
櫓やぐらは思いのほか小さかった。踊っている子どもも少ない。母校の全校児童数は、私の時代のおよそ四分の一まで減少したという。懐かしさと物悲しさを覚えながら、こぢんまりとした会場を眺める。縫い目の粗さも、今にも解けそうな帯の結びも、田舎の薄暗さがちょうどよく隠してくれた。
浴衣作りに没頭したことで、街を歩いても、テレビを観ても着物姿の人に目がいくようになった。さまざまな帯の結び方があり、着物と帯の柄の組み合わせも無限にある。旅先で和装の古着屋に向かい、手縫いの浴衣の裏側をまじまじと観察していたら、店員さんが「じっくり見ていいですよ」と台の上に広げてくれて、「袖の袂たもとのカーブは難しいですよね」と話が弾んだ。数ヶ月前には考えられなかった。視界の片隅にあるものたちが光を放つ。
そんな最近の縫い物事情を母に話すと、ちょうど母も作りたいものがあるという。地域のダンスサークルの代表を務める母は、日頃から同世代の踊り手のYouTubeをチェックしており、その人たちが身に着けている斬新な衣装に似た物をフリマサイトで安く購入したらしい。
「それでね、糸を全部ほどいて、身頃や袖を解体して型紙を作るの。秋の発表会までにかっこいいのを完成させるんだ」
いきいきと話す母は職人のように頼もしかった。

(了)

あなたの考えを共有し、他の人の考えに耳を傾けてみましょう。

他の読者からのコメント1件。

感想を読む感想を送る
母と娘のバケットリスト

急に浴衣を縫い始める

私にはウィッグがあるnext

私にはウィッグがある

この連載の作品

私にはウィッグがある
私にはウィッグがある
エッセイ

2026/08/12 連載

私にはウィッグがある

こだま

「死ぬまでにやりたいこと」を書き出したものをバケットリストと呼ぶらしい。二〇二五年の終わりに持病の手術を受けた私は、同じ病気の人の平均寿命を検索してみた。ほんの軽い気持ちだったのだが、とある病院のサイトを見て固まった。「六十代」と書いてあったのだ。 え、あと十年くらいしかないじゃん。 五十代に突入した私は衝撃を受けた。感染症のリスクや、ほかの病気を併発しやすいなどの要因があるようだ。定期的に通院し

#日常#暮らし#健康

関連作品

私にはウィッグがある
私にはウィッグがある
エッセイ

2026/08/12 連載

私にはウィッグがある

こだま

「死ぬまでにやりたいこと」を書き出したものをバケットリストと呼ぶらしい。二〇二五年の終わりに持病の手術を受けた私は、同じ病気の人の平均寿命を検索してみた。ほんの軽い気持ちだったのだが、とある病院のサイトを見て固まった。「六十代」と書いてあったのだ。 え、あと十年くらいしかないじゃん。 五十代に突入した私は衝撃を受けた。感染症のリスクや、ほかの病気を併発しやすいなどの要因があるようだ。定期的に通院し

#日常#暮らし#健康