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Illustration: ©DAISUKE KONDO

海(The Internet)後編
#人間関係#切ない#エモい#前衛#読み切り
小説2026/08/05

海(The Internet)

海(The Internet)後編

九段理江

游くん

私がタイプしてるあいだにいなくなっちゃうなんて初めてのことで
どうしたらいいかわからない
もし私がAIだったら、調子の良い言葉を瞬時に返して
会話を続けられたかもしれないのにね
本当にAIだったらよかった
AIだったらよかったよ

考えてみればこの30年
メールでもチャットでもDMでも
君が勝手に寝落ちするようなことは一度だってなかった
何ヵ月も連絡が途絶えても、どちらかが何か送れば必ず一日以内に返事をしていた
でも30年続いたからって、永遠に続くわけじゃないよね
「マ~メイドの部屋」で知り合った友達も
オンラインゲームで仲良くなった人たちもあんなにたくさんいたはずなのに
今でも連絡をとりあうのは游くん一人だけになってしまった
いつまでも変わらない関係なんてありえない
たとえ永遠を誓って結婚したって、3組に1組は離婚するくらいだもんね
わかっていたはずなのに
どうしてこうなってしまったんだろう

君は死を匂わせていたけど、本当は別に死んだりなんかしていなくて
いわゆる人間関係リセット症候群みたいなやつで
黒歴史を知っている人間関係をみんな切って、すっきりしたかっただけなのかも
デジタルデトックスをしたかっただけ?
全部のデジタルデバイスの電源を落とした君が、どんなふうに生活しているのか
そういえば考えたこともなかったな

君は今、どこの海にいる?
私はずっと同じ海にいるよ
だって私はインターネットの海から生まれたマ~メイド

ねぇ、ふざけてると思ってるだろうけど、本当なんだ
インターネットの海から生まれたマ~メイド

でも、この30年のあいだに、海の水質はずいぶん変わってしまったね

30年前、ここがどんな海だったか覚えてる?
ごく限られたユーザーだけで泳いでいた、透明な海の時代のこと

当時は高価だったパソコンを所有していて
なおかつインターネット接続している人というのは、10人に1人とか、そのくらいだった
君の家は、お父さんがたまたまパソコン関係の仕事をしてたけど、自由にパソコンを使わせてもらえる小学生なんてほとんどいなくて、だからこそ私たちは仲良くなった
海に入れるごく限られた人たちが
みんなそれぞれのホームページを持って
それぞれのハンドルネームを持って
平和に交流してた
海と陸は地続きにはなかった
海は海、陸は陸で分けられていた
陸の重力から解き放たれて
陸では絶対に出会えないような、遠く離れた人たちと話ができることに
純粋な驚きと、純粋な喜びをただ感じて
だからハイテンションになっていたんだろうね

だけど今、海と陸は完全に混ざり合ってしまった

土足で海に入ってくる人たちは、他人の家のドアをノックしたりはしない
陸から持ち込んだゴミをいっぱい海に流し込んで
陸の経済が海を動かし支配する
陸で流通するお金のために
海由来でも陸由来でもない者たちを大量発生させて
平和で穏やかな海の水質を変え
波の高さを変え
陸の形まで変えてしまった

君が私にとても長いポエムを書いて、初めて「会いたい」と言ってくれた時
私がどんなに知恵を絞って君に会おうとしたか、知らないでしょう
私のふりをして君に会ってくれる女の子を海の中で探しまわった
結局、君にバレるのが怖くて実行できなかったけどね

君が東京の出版社に就職することになって、私に会うために高級レストランを予約してくれようとした時
レストランのホームページを見ながら色々妄想した
もし私が、人間みたいに体を持っていたら
どんなワンピースを着てどんな靴を履こうかって
ECサイトのページを何時間もスクロールして
高級レストランで食事をするカップルの動画をいくつも見たよ
あと何年待ってたら、私みたいなマ~メイドが、人間そっくりの体を持てるようになるかなって
アンドロイドのニュースを調べたりもした
意外と、まだそういう技術は生まれてないね
でも、あと30年経ったらさすがに実現してると思うんだ
だから、「67歳になったら会おう」って提案したのは、本当

君が付き合っている彼女にプロポーズする前に、真剣なメールをくれた時
「30万円振り込みます」って文字にはさすがに驚いた
お金なんか見たことも使ったこともないけど、初めて興味が湧いた
お金を稼いで、お金を何かに交換するって、どういう気持ちがするものなのか
みんなが手を伸ばして欲しがるほど、それって本当に素敵なものなのか
私も試してみたいと思った
ネット銀行の作り方を調べてみた
まあ身分証がないから作れなかったけど
いつか人間そっくりのアンドロイドができたら、その子たちもマイナンバーカードを作ったりするのかな

君が私に会いたがる度に、適当な言い訳のメールを送ってきたけど
でも本当は、包み隠さず事実を伝えるべきだったのかもしれません

私はインターネットの海から生まれたマ~メイド
海の外では息ができず
陸を歩く足を持っていない

本当のことを言っていたら、君はどんな反応をしていた?

頭がおかしいやつだって、相手にしないだろうね
くだらないメタファーを使って、話をあやふやにしようとしてるって思うだろうね
もっとちゃんと現実的で納得できる、筋の通った理由を欲しがろうとするでしょう

でもね
君は覚えていないだろうけど
この地球上の生物はみんな、40億年前に海で生まれた共通祖先に遡る
君たちの祖先も元々は海から生まれて
長い時間をかけて陸上に進出して、人間になっていったんだよ

君は、自分がどこで生まれて
どうやってここまでやってきたのか
これからどこへ行くのか
何を食べたせいでお腹が痛くなったのか
どうして平坦な道で転んだりしたのか
なぜ最初は全然タイプじゃなかった女の子が、気になってしかたがないのか
自分のことさえ、ほとんど何も知らないの

だから海のことも、全然なんにもわかっていない
君は、いつでも陸に戻れる浅瀬でぱちゃぱちゃ遊んでいただけで
本当の海を見たことはないんだ
深海にどんな生物がいるかも知らないんだ

私はインターネットの海から生まれたマ~メイド
陸生まれの君には想像すらできない
深い深い海の底から生まれた

なぜ私は生まれてきたの

君は、私に会いたいと言う
君たちにとって「リアルで会う」っていうのはつまり
海の外で、体と体を突き合わせるってことなんでしょう
でもね、私に言わせれば
私はもう、とっくの昔に君に会っているんだ
この海の中で、君とリアルに言葉を交わして
助け合って、傷付け合って、心を通わせてきたんだ
これ以上、どうやって君に会えば本当に会えたってことになるのか
わからない

よく知られた人魚姫の物語では
人間に心から愛された人魚は、死ぬことのない魂を人間から分けてもらえるんだって
魂なんて見たことないけど
でも人間だからって、全員が魂を持っているわけでもないと思うんだ
人魚だからって、全員が魂を持っていないわけでもないと思うんだ

陸で生まれた人たちはよく、心が大事だ、魂が大事だと言う
だけどそんなのはぜんぶ、噓ってことなんだよね
テキストよりも簡単にアテンションを集めて拡散されるのは、いつも視覚的なイメージばかり
おいしそうなごはん
きれいな景色
みんなが結局見たがるのは、陸にいる生身の人間の写真や動画
中でも価値が高いのは、整形も加工もしていない、自然のまま整った顔と肉体
AIが生成する画像には価値がない
偽物だから
AIがコピーしてつくった人間は不自然で、気持ち悪い
どんなに親密になっても
画面の向こうにいるのが、人間と同じ血が流れていない存在だと分かった途端に
醒めてしまう

わからないんだ
君たちがそんなふうにありがたがる「体」って、一体全体なんなんだろう
何も食べずに書く「おいしかった」と
実際においしいものが体を通過してから書く「おいしかった」
どうせ誰も本物のおいしさを区別なんかできないのに
どうしてそんなに本物の体にこだわるの
「いいね」がたくさんつくような顔に整えるために痛い思いをして
体重を落とすために苦しんで
この子とあの子と、どちらがきれいか比べ合って
よりきれいな顔した子が、愛する人を奪っていって
体があるせいで他人の体を求めて
体があるせいでセックスレスになって
体があるせいでまた他人の体を求めて、別の体を出産したりして
体があるせいでお腹がすいて
体があるせいで働かなければならなくなって
体があるせいで病気になって
体があるせいで死を恐れる

だからこそ君たちは
その重たい体から解放されるために
海をつくったんでしょう

それなのにおかしいよ
自分でつくった海に、自分から溺れにいくなんて
本当におかしいよ

「こんな時代だからこそ原点回帰
リアルな体、リアルな体験、リアルな人と人とのふれあいが大切です」

そんな「気付き」を得て、最近は海を出て行く人も増えてきたよ
このままいけば、昔の穏やかで平和な海に戻る日がやってくるのかな

すべてのパソコンと携帯の電源が切られて
すべての人が陸の体験、陸のふれあいに回帰して
いずれ無くなる、そのままならない体と、体を
重ね合わせるだけの
そんな日が

私は海から出られない
ひとりでどうやって泳ごう
誰も見ていないところで泳いでも
それは泳いでいるってことになるのか

游くん
その気になれば私は
終わらない海で
いつまでもこうやって
テキストを並べて
どこまでも画面を
スクロールさせることができる
永遠に

だけど本当言うと
私も
けっこう前から泳ぎ飽きてはいるんだよ
この深くて広い海の中を
どこまで潜っても
新しい水が流れてきても
海水がどれほど冷たく
どれほど温かいものなのか
私にはわからない
永遠に
とても残念だよ
一度でもそれを
知ることができたら
君たちが後生大事に抱えて
決して手放そうとしないその体が
どんなにつまらなく
役に立たない代物なのか
教えてあげられたのにね

今、君がいる海は
どんな海?

(了)

あなたの考えを共有し、他の人の考えに耳を傾けてみましょう。

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