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Illustration: ©DAISUKE KONDO

Bal Tabarin
#発見#美術#旅
エッセイ2026/08/14

消息 I don't take selfies.

Bal Tabarin

小袋成彬

 相変わらず宿を転々とする日々が続いている。この1年くらい、ずっとそんな生活だ。3週間ごとに場所を変え、部屋に音楽スタジオを作り、曲を作る日々である。最近は調味料と一緒に旅をしている。小さなテーブルソルトとグラインダーに入れた胡椒、オリーブオイルの瓶と、チリフレークのパック。滞在先は必ずフルキッチンが付いた宿を選び、自炊を中心に生活している。食費を抑えるためというより、料理をしている時間が好きだからだ。主食はパンよりも白ごはん派なので、カオマンガイやリゾットなどをよく作っている。

 5月26日、アムステルダム市立美術館にふらっと立ち寄った。最初の部屋に入った瞬間、とある絵画に心を奪われた。あまりの衝撃にしばらくその絵の前で立ちすくんでいた。このペースでは館内を回り切れないだろうと先へ進んだが、どうしても頭から離れず、また戻ってきてから長い間眺めた。

 Jan Sluijters(ヤン・スライタース)という近代画家による『Bal Tabarin』(1907)である。20世紀初頭のパリの華やかなナイトライフを描いたこの作品は、鑑賞者にサイケデリックな体験を引き起こす。まるでゴッホの筆触に時空を与えたかのようなモダンな筆遣いによって、空間は明るく騒がしく、光は生き物のようにうねり、踊り狂う人間たちの息遣いや音楽まで聞こえてくる。そして眺めているうちに、絵の奥へと吸い込まれてしまう。なんという生命力に溢れた絵画だろう。とんでもないアートを見てしまった。

 あまりにも彼の作品に魅了されてしまい、数日後、彼の作品を多く所蔵しているというオランダ北部のSinger Laren を訪ねた。そこに飾られていた作品もまた見事だった。彼の色鮮やかでエネルギーに満ちた絵画は、なぜか現実よりも現実らしく見える瞬間がある。

 私はJan Sluijters という名前をそれまで一度も聞いたことがなかった。日本語の記事は、一切見当たらない。アムステルダムに滞在しているときにRed Light Jazz Festival が開催されていて、会場で出会った芸術に明るそうなオランダ人たちに彼のことを尋ねて回ったのだが、はっきりと知っているという人には一人も出会わなかった。ちなみにJan Sluijters は1881年生まれで、ピカソと同い年である。Sotheby’s の記録を見る限り、数万ユーロ程度で競売に出されている作品はあるが、世界的にはまだ再評価の途中にある画家のようだ。数十年後にその価値が何十倍に跳ね上がったとしても、不思議はない。

 なお、あの『Bal Tabarin』が発表された当時、ローマ賞の審査委員会はこの作品を「美への嫌悪」や「絵画技術への嘲笑」と酷評し、最終的に彼への奨学金の支給を打ち切る決定を下したそうだ。革新的な芸術は、理解を得られるまでに時間がかかる。不当な評価を受ける作品にばかり惹かれてしまうのも、私の性質なのだろう。

 私は最近になって、むしろ音楽家であることに自覚的になってきた。実はこれまで、自分の存在を定義することを難しいと思っていた。しかしライブを重ねたり、あるいはさいたま市長選への出馬をきっかけに価値観の異なる人間たちと関わったりする中で、ようやく自分の運命を受け入れる準備が整ったような感覚になっている。

 色々な芸術家の展示へ足を運ぶたびに思うのだが、35歳という年齢は芸術家としてまだまだ序の口である。最近日本で訪れた森英恵展、あるいはすみだ北斎美術館で見た葛飾北斎の年譜を見ても、35歳なんて展示の入り口に掲げられた年表パネルの最初の数行あたりにまとめられる年齢だ。そう思うと、果てしなく高い山を見上げたときのような恐ろしさと同時に、どこかワクワクする感覚も湧いてくる。70歳になった私に、David Bowieの『Blackstar』のような作品を作れるのだろうか。

 2024年にバルセロナに滞在したとき、ガウディの作品をゆっくりと観て回ることができた。彼の代表作『グエル邸』を訪れたとき、複数の建築様式が脈略なく混ざり合っていて、少し違和感を覚えた。『グエル邸』を完成させた時のガウディは34歳だったと知って、なるほどあのガウディでさえ私と同じようにオリジナリティを模索していたのだなと、妙に安心した。一方で、彼が54歳で設計した『カサ・ミラ』は、圧巻であった。彼独自のスタイルが確立され、外観の美しさや建築としての機能性に留まらない、自然への畏怖をひしひしと感じ、慄いたのを覚えている。私の好きな芸術家は、常に進化を続け、年齢とともに成熟していく。

 移り気で情報過多な今の世の中において、若くして輝きを放つアーティストはとても魅力的に映る。しかし私は長く燃える備長炭が、肺にこびりつくような燻した匂いを放ちながら、静かに光を保ち続けるような、そんな作品を作りたい。私も30代前半まで荒々しい熱を解き放っていたからこそ、いまは純度の高い炭素の塊として、様々なものを吸収しながら長く燃え続ける準備が整ったように思う。大きな炎を生み出すことはないかもしれないが、誰かを芯からじんわり暖めることができるのかもしれない。この旅で作った音楽を世に出すのが、楽しみで仕方ない。


写真 著者
(つづく)


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Bal Tabarin

次回連載予定日:9月14日 12:00